なんといってもクリスマス

イギリスの一年における一大イベント。それは、なんといってもクリスマス。日本でも近頃は、11月にもなるとクリスマスの装飾が始まり、その気の早さには驚くが、イギリスでは夏の休暇シーズンが終わったとみるやいなや、9月後半からじわじわとクリスマス推しが始まる。まるで、もうそれ以外に楽しみがない、と言わんばかりに。

秋のホームセンターには、早くもサンタが鎮座。
秋のホームセンターには、早くもサンタが鎮座。

その後、3ヶ月のタイムラインはおおよそこんな感じ。

10〜11月。仕込み期間。ほぼ毎週末、町のどこかでクリスマスフェアが開催される。地元のおばあちゃんの手作り雑貨や、ジャムやお酒、絵画などを扱う店が多数出店。ここで家族や友達へのクリスマスプレゼントを見つけるのが、昔ながらのスタイルらしい。ムルドワイン(Mulled wine)というスパイスを効かせたホットワインも定番で、しばしば屋台で売られている。ちょうど日本の甘酒みたいな感じ。体の温まるドリンク片手に贈り物を探すが楽しい季節だ。

『貴族の館』の前庭でやっていた、大きなクリスマスフェア。
『貴族の館』の前庭でやっていた、大きなクリスマスフェア。

クリスマスカードを準備するのもこの時期。文具屋・雑貨屋には、これでもかとカードが並ぶ。興味深いのは、配列が送る相手別になっているところ。母、祖父母、孫と、宛先ごとに分類されていて、それぞれの名とそれらしい一言が印字されている。汎用性のあるデザインに、誰宛てか一言添えればいい気もするが、どうやらそれは年賀状的発想らしい。関係性を明確に主張することに意味を見出しているのは、クリスマスが家族イベントだからか。それとも何かもっと奥深い、この国の対人関係のあり方なのか……。

雑貨屋の壁一面に並ぶクリスマスカード。
雑貨屋の壁一面に並ぶクリスマスカード。

12月。盛り上がり期間。駅やショッピングモールなどそこかしこにツリーが立ち、一気に華やかなムードとなる。特にロンドンをはじめとする大都市では、通りのイルミネーションが始まり、クリスマスマーケットも登場。マーケットは数週間常設されていて、屋台スナックや雑貨が売られるほか、場所によっては移動式遊園地と一緒になっていたり、スケートリンクがあったりと、人気レジャースポットになっている。

ロンドンの天使のイルミネーション。観光客がたくさん。
ロンドンの天使のイルミネーション。観光客がたくさん。
グラスゴーのクリスマスマーケット。ホットドッグやチュロスが定番屋台スナック。
グラスゴーのクリスマスマーケット。ホットドッグやチュロスが定番屋台スナック。

一方、家の壁や庭をイルミネーションで飾り立てるといった、アメリカなどでみられるようなド派手な演出はあまり好まない。個人宅では、外から見えるリビングの出窓のところにツリーを飾り、ほんのり高揚感を醸し出す。この時期は、住宅地のツリーウォッチング散歩がおすすめ。ツリーは本物の木を使う家庭も多く、ホームセンターなどでよく売られている(すごい木の消費量になるが、資源としてリサイクルするなどの取り組みが行われている。環境省主導らしい)。

全国で毎年6〜800万本が売られるそう。
全国で毎年6〜800万本が売られるそう。

散歩の際には行き交う人々のファッションにも注目を。「アグリー・クリスマス・セーター (Ugly Christmas sweater)」という、クリスマスモチーフを大胆に編み込んだ、いわゆるダサセーターを着ている人が、町中をうろついているのだ。子供ならまだしも、どこぞの役員風のおじさんですら堂々と着ていたりする。曰く、今しか着る機会がないし、これで周りの人が笑顔になるなら言うことない、のだそう。一昔前は、そのダサさが素直に敬遠されていたが、近頃は一周まわってクリスマスの人気アイテムになっているようだ。あと、あまり褒められることではないが、公共交通機関の利用時に聞き耳を立ててみるのも手。だいたいの人は、娘夫婦が帰ってくるだの、料理の準備が大変だの、クリスマスの話をしていて、なんだかほっこりする。面倒だ疲れるだ、なんやかんや文句をいいながらも、いつも心にはクリスマスがいるのだ。

マネキンもアグリー・クリスマス・セーターを着用。
マネキンもアグリー・クリスマス・セーターを着用。

12月24 & 25日。イブは日本ほどもてはやされない。24日までには多くの人が実家に帰省しており、そもそも鉄道やバスの大半が動かないこともあり、地元で親戚や友達と会ったりと、思い思いにのんびり過ごしている。夕方(早い人は昼)からパブで飲み始め、追い出されるまでぐだぐだ楽しく飲むのも一般的とか。雰囲気としては25日が日本の元旦的な位置付けで、24日は大晦日あるいは三ヶ日みたい。この数日は閉まっている店が多く、町は驚くほど静かだったりする。

肝腎要は25日。子供のプレゼントは数日前からツリーの下の置いていくのに対し、大人にも送る場合は、当日朝、それぞれの部屋のドアの前に置いておくのが習わし。それらの開封するワクワクから一日が始まり、多くの家では昼過ぎからクリスマスの宴がスタート。チキン(もしくは七面鳥)などのご馳走を囲みワイワイやる。15時には決まってイギリスのNHKことBBCで国王のクリスマススピーチが放送されるので一応観て、暗くなる前に腹ごなしの散歩。そして夕方からまた宴の続き。にぎやかなムードは夜更けまで続く。

なお、翌26日は休息日。基本的には何もやらずに、飲み明かした体のコンディションを整える日。このあたりから早くも大イベントをやりきった感が漂う。27日からは普通に働く人も多いみたい。日本だと年末年始が一緒になっているが、1月1日は祝日でこそあるものの、クリスマス休暇とは全く別の次元で扱われている様子。というかかなり影薄。

冬・春のイベント

では、新年を迎えた後はどんな祭り&イベントがあるのか。ここではユニーク&代表的なものをいくつかご紹介!

1月25日(前後):バーンズ・ナイト/Burns Night

主にスコットランドのイベント。国(スコットランド)を代表する詩人、ロバート・バーンズの誕生日に、彼の栄光を讃えて晩餐会をやろう!という日。伝統料理であるハギス(羊の内臓を胃袋に詰めたもの)を食べ、ウイスキーを飲み交わす。バーンズ・サッパーとも。ちなみに11月30日には、セント・アンドリュースズ・デー(St. Andrew’s Day)というこれまたスコットランド独自の祝日もある。イギリスは連合王国ゆえ、こうした特定地域ならではのイベントも何かと多い。

スーパーのバーンズ・ナイト特設コーナー。青字に白いクロスはスコットランドの国旗。
スーパーのバーンズ・ナイト特設コーナー。青字に白いクロスはスコットランドの国旗。

3月31日(2024年の場合。毎年変動):イースター/Easter

イエス・キリストの復活を祝う日。基本的には春分の後の、最初の満月の次の日曜日。がっつり宗教行事というよりは、エッグハントなど主に子供向けのイベントと化している様子だが、とはいえ、キリストの受難を表した十字が入ったフルーツロール(ホット・クロス・バンズ)を食べるなど、ちょっとした風習も残っている。この40日前に先立つ火曜日には、やはりキリスト教由来のパンケーキ・デー(Pancake Day)なるものもあり。ちなみにイギリスのパンケーキは薄っぺらいのが基本。ふんわり感のある日本でいうホットケーキは、アメリカ風パンケーキと呼ばれている。

イースターの日。教会のミサの後のブランチ。
イースターの日。教会のミサの後のブランチ。

夏・秋のイベント

5〜8月:農業まつり/Agricultural Show

農業といっても畜産中心。各地で行われる催しで、ウシ部門・ヒツジ部門・ヤギ部門など家畜ごとに品評会が行われるほか、馬術の披露や、トラクター会社や農業学校のブース出展、飲食ゾーン、子供のレジャーゾーンなどさまざま。地域固有の品種が一堂に会し間近にみられる。ほのぼのとした雰囲気。

入賞したものたちのパレード。
入賞したものたちのパレード。

5月末〜9月頭:音楽フェス/Music Festival

イギリスでは早くも1960年代に始まった大型の野外音楽フェス。近年も増加の一途で、夏になると週末(木曜くらいから)のたんびに、どこかしらで開催されている。中には町の名前=音楽フェスというステータスが定着しているところもあり、その影響力は侮れない。夏といえばフェスという人も、日本以上に多い印象。雨がちな天候も顧みず、老若男女みんな、ポンチョや長靴をまとい四六時中はじけている!

イングランド北部で行われたフェスのメインステージ風景。
イングランド北部で行われたフェスのメインステージ風景。

ほかにも、ハイランド・ゲームという競技大会、ミリタリー・タトューという軍楽隊パフォーマンス、歴史的イベント由来の花火&爆竹祭りのボン・ファイア、世界大戦の戦没者を追悼するリメンバランス・デーなどなど、本当にたくさんあるのだがキリがないので割愛。なお、10月31日のハロウィンの盛り上がりはぼちぼち。起源を辿ればスコットランド(とアイルランド)の伝統行事に由来する催しだが、アメリカで現代のスタイルへと発展した感が強く、クリスマス長期戦も相まってあまり気合いが入っていない感じ。

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以上は自分が実際に体験し+地元の人から見聞きし、比較的一般的と思われるイベントとその楽しみ方だが、お正月でさえ日本人の間でも祝い方がさまざまなように、家族や地域の数だけ違った習慣がある。今回はあえて、教会での礼拝など宗教色のある行程を省略したが、多くのイギリスを代表する伝統行事は、宗教(基本的にキリスト教)さらにはそれに関わる争いに起因している。しかしそれらは固定された絶対的なものではなく、例えばクリスマスですらも一時は祝うことを禁止されたように、長い歴史の中で位置付けは常に揺れ動いている。

特定の信仰を持たない人、異なる地域にバックグランドを持つ人、さまざまな価値観を持つ人が、これまで以上に混在する21世紀。祭りやイベントがどのように親しまれ続けるのか、あるいは新たな形で受け入れられ発展をみせるのか、はたまた形骸化しついには衰退してしまうのか。世相を反映した社会現象として捉えると、それが行われる瞬間のみならず、準備期間や周りの人の様子を含め発見が多い。そして場の空気を感じ、いろいろな気づきを得るうえで、散歩はぴったりのように思われる。一年を彩る祭りやイベント。日本でも歩いて堪能してみては。

 

文・撮影=町田紗季子

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