女性の入りやすさを意識したイタリアンなラーメン屋
京急川崎駅を出て、関東では有数の歓楽街として有名な堀之内に足を踏み入れる。日没後はきらびやかなネオンに彩られるエリアだが、昼間はちょっとしたテーマパークのような非日常感が漂っている。
人通りまばらな歓楽街を抜け、第一京浜国道沿いへ。そのまま東京方面へ進むと、赤い軒先テントが張られたラーメン店『RAMENとりが』が見えてくる。ここは、同じく川崎にある人気店『麺匠ようすけ 鶏煮亭(とりにてい)』の店主・水野郁也さんが2023年8月16日に立ち上げた店舗だ。
引き戸の大きなガラス越しに中をのぞくと、厨房に面した広めのカウンター席が目に飛び込んできた。店内に入って右手には、2人掛けのテーブル席も。カウンターやテーブル、イスは明るい色合いの木製で清潔感があり、1人でも入りやすそう。
「軒先のテントもそうですけど、イタリアンレストランのような、ラーメン屋らしからぬ内装と外装にしたかったんです」と水野さん。「女性が入りやすい雰囲気は、かなり意識しました。女性が他人にすすめやすくて、カップルがデートに来やすいお店にしたくて。場所はあれですけど」。そう言って照れくさそうに笑う様子から、水野さんの穏やかでちょっぴりシャイな人柄が垣間見える。
洋風なのは建物だけではない。和の鶏白湯ラーメンを提供する『麺匠ようすけ 鶏煮亭』に対して、『RAMENとりが』は洋の鶏白湯がテーマだという。百聞は一見に如かず。さっそくラーメンを注文しよう。
器の中には最後まで食べ飽きさせない工夫がぎっしり
『RAMENとりが』のメインメニューは、鶏濃めん(塩・醤油・味噌)900円、こいつけ麺(塩・醤油)950円のほか、それぞれのトッピングを豪華にしたRichがある。ということで今回は、鶏濃めん塩Rich 1170円をオーダーした。
スープのベースは、丸鶏、モミジ(鶏足)のほか、ニンジンやタマネギといった香味野菜を10時間以上かけて煮詰めたもの。これに塩ダレと鶏油(チーユ)を加えて仕上げる。
スープを用意しつつ麺をゆで、丼にはたっぷりお湯を注いで温めておく。小麦粉の量に対して水分量が少ない低加水麺を使用しているため、ゆで時間はやや短めだ。温めておいた丼にスープを注ぎ、ゆで上がった麺を投入。麺の流れを整えてから、鶏チャーシュー3枚、豚肩ロースのチャーシュー2枚、サラダ、味玉、そして豆乳とレモンのエスプーマ(泡状ソース)を盛り付けて出来上がり。
「丼を温めるとか、湯切りをしっかりするとか、基礎的なことをちゃんとやる。そのうえで、盛り付けを綺麗にしなさい、というのは修業時代からずっと言われていたことです。それはいまのスタッフにも伝えていますね」と水野さん。その言葉どおり、色鮮やかな具材やスープが、真っ白な器の中で互いの美しさを引き立て合っているかのよう。
鶏白湯スープをひと口すすると、とろっとしたなめらかな舌触り。このとろみは、コラーゲン物質(タンパク質)を多く含むモミジから出るものだ。鶏や香味野菜の重厚な旨味とまろやかな甘みが口の中を満たし、塩ダレがスッキリした後味にまとめていく。
そんなコクもキレもあるスープに、小麦粉の香りが豊かな菅野製麺所の中太ストレート麺がよくなじむ。スパスパとした歯切れのよさは低加水麺ゆえ。伸びる前にテンポよくすすりたい。
麺と交互に味わいたいのが、低温調理された鶏&豚肉。しっとり食感の鶏チャーシューも絶品だが、栗を餌にして育てられた希少な栗豚の肩ロースチャーシューの甘さと柔らかさはたまらない。
箸休めには、器の中央にこんもり盛られたサラダを。レタス、グリーンカール、水菜、タマネギを混ぜたもので、ほんのり辛い糸唐辛子もいいアクセントになっている。このサラダにも水野さんのこだわりが。
「食感はかなり意識してつくりました。レタスやタマネギのシャクシャク、ザクザク、みたいな。レタスは野菜臭さが出やすいので、50℃ぐらいのお湯で洗ってから冷やすと、えぐみが抜けて食感も出るんですよ。タマネギも下処理をして、辛味を極力抜いて使っています」。
そして豆乳+レモンのエスプーマも、水野さんがこだわった力作だ。序盤でスープに溶かしてしまうよりも、食べ進めながら要所要所で溶かし、徐々に味を変えていくのがベター。
「鶏白湯ってやっぱり重いので、柑橘系の香りがパッと香るエスプーマを途中で溶かしてもらって食べやすくするイメージです。これが油や液体だと、スープの味が全体的に変わっちゃう。エスプーマなら混ぜない限りそこにいてくれるので、お客さんの好きなタイミングで使ってもらえますよね」。
エスプーマでも味変はできるが、替玉を注文するなら、味付き替玉(ポルチーニ油)300円を試してみてほしい。そのまま食べれば油そば、残ったスープにディップすればつけ麺風に、全部投入すればスープの味がガラリと変わる。楽しみ方は自由だが、味付き替玉の醍醐味は、麺にタレと油を絡めたときに広がる芳醇な香りにあると言っても過言ではない。
「最初はある程度混ぜて出していたんですけど」と水野さんは言う。「そうすると湯気立ったいちばんの香りを、ぼくだけしか嗅げない。あえてお客さんに麺を混ぜてもらって、香りが立つ瞬間を体験してもらっているんです」。実際に混ぜれば、この言葉の意味がよくわかるはず!
先入観なしに評価してもらうための新ブランド立ち上げ
鶏濃めん塩Richと味付き替玉(ポルチーニ油)のペアリングを堪能すると、それぞれの完成度の高さに感服させられる。いまの形に辿り着くまでには、膨大な紆余曲折があったのかと思いきや、水野さんは「エスプーマができちゃえば、あとは早かったですね」とあっさり。
「お店をつくる段階で、もう頭の中にイメージはあったので、あとは組み立てるだけでした。『麺匠ようすけ 鶏煮亭』では定期的に変わる限定メニューをやっているので、その経験が活きていますね」。
水野さんが『麺匠ようすけ 鶏煮亭』の店主でもあるのは前述したとおり。その2号店とも言える『RAMENとりが』をオープンした背景には「新たなブランドをつくり上げたい」という想いがあった。
「17~18歳のとき、中野にある『麺匠 ようすけ』でアルバイトを始めて、21歳のときに川崎店(『麺匠ようすけ 鶏煮亭』)を譲っていただく形で独立しました。川崎店に関しては、会社から引き継いだものをよりよくしていったイメージ。でも川崎店は『ようすけ』というブランドで見られてしまう。もっとフラットな評価をいただきたかったんです」。
だからこそ、水野さんは『RAMENとりが』の開店当初、自身が『麺匠ようすけ 鶏煮亭』の店主であることを伏せていた。そしてオープンから約2ヵ月。常連客が付き始め、ラーメン専門誌で紹介されたのを機に事実を公表すると、お客さんはさらに増えたという。
「本当は公表するかどうか迷ったんですけど、いまでは『鶏煮亭』のお客さんも来てくれて、ありがたいですよね」。そう語る水野さん。目指す先は、行列ができるお店ではない。親から子、そして孫へと、世代を超えて愛されるラーメン屋だ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=上原純