ある雨上がりの都立家政駅前。小さな商店街と開かずの地上踏切、ちょっと脇道を覗けば、住宅街一色だ。なんというか“西武線っぽい”町並みだ。
ほどよく昭和の雰囲気も残しつつ、お店も思っていたより並んでいる。“家政(かせい)”にかけて“火星(かせい)”という町のキャラクター像も、いい煤け具合だ。
でも、正直、コレというものがない……
うーむ、もう帰ろうか……と思ったが、もうちょっとだけ散策してみよう。きっと、ビビッとくる酒場だってあるはずだ。北口商店街を進みながら、左右の脇道をチェックしていると……おんや?
ビビッ、ついに発見! 白地に手書きで「青角」と大書された看板は、なんともいい雰囲気を醸し出している。古いモルタル二階建ての、一階部分をぶち抜いたというところか……好きなんですよ、こういう造りの酒場。
“入る”の選択肢しかない。渋く眺めの藍暖簾(のれん)をかき分け、中へと入った。
おおっ、ウッディー強めの店内! 片面はレンガ調の壁、もう片方は色の褪せまくったクロス。隣家とブチ抜きで繋げてテーブル席にしているのは、隣駅の野方にある『秋元屋』を彷彿とさせる。
そしてこのカウンター! 手触りといい、高さといい、全部がちょうどいい。客も私ひとりだけ、やったぜ都立家政。私、ここで飲(や)らせていただきますよ。
「すいません、ホッピーお願いします!」
席に座って間もなく、最高のタイミングでホッピーが到着。焼酎の水位はおよそジョッキの半分。ここへ火星色のホッピーを流し込む。
トットットッ……カランコロン……(焼酎と火星水が美しく混ざり合う音)。
ぐびり……ぐびり……ク──ッ、いい火星味してますねっ!! 雨上がりでムシムシしてたので、キィンキィンのホッピーが喉に爽快。そんでもって、厨房から漂う炭の香りがたまらない。急げ、やきとんを急ぐのだ。
はじめまして都立家政で、まずは「レバ・カシラ」から。タレのほとばしり感、うっひょー、いい色してんなぁ。
デッカく切り取られたレバはちょうど良く焦げ目が入り、サクッとした食感とレバの滋味。ブリンッとしたカシラは肉々しく、食べ応え十分だ。
「ハイサワー、濃い目でお願いします」
「あと、氷少なめで」
常連らしき姉さんがひとりで入って来て、着席と共に注文をした。かっこいいな……そういえば“氷少なめ”なんて言葉、酒場で言ったことがない。これは今後、マネして言ってみよう。
メニューを見てすぐに飛び込んできた「もつカレー」がやってきた。小盛かと思ったら、けっこう量があってうれしい。
スプーンで食べてみると……うんまい! 甘からず辛からず、モツ以外に正肉も入っている。うわっ、これ、ずっと舐めながらホッピー飲(や)れちゃうやつだ。
「こんちゃーっス」
「今日は早いね」
続いてイケメンのお兄ちゃんがひとりで入ってきた。大学生くらいか、かなり若そうだ。
「財布ん中、千円しかないっス」
「じゃあ、パチンコで30万にしてから来て」
「はっはっはっ!」
私が彼と同じ若さの頃に、酒場のマスターとこんなフレンドリーに会話できただろうか。なんだか、ちょっと悔しい気分だ。
やきとんがおいしかったので「肉巻きトマト・紅生姜ベーコン」を追加。野菜系やきとんでは大好物のお二方だ。
肉巻きトマトは焼き方がお上手! ミニトマトが破裂するかしないかの絶妙な焼き加減で、バラ肉もちょうどいいキツネ色だ。激熱のトマト汁とバラ肉の肉汁が、最高の掛け算だ。
この紅生姜ベーコンも、なんて綺麗なんだろう。細かい紅しょうがを見事にベーコンで包んで、ビシッと仕上げている。ジョワッという紅しょうがの食感とベーコンの塩気がちょうどいい。何かに似てるなと思ったら……ウルトラマン怪獣の「ピグモン」にそっくりだ。ピグモンって、ウマいんだなぁ。
「酎ハイ……いやシロで」
「シロですね、了解です」
さらに職人風の先輩が入店。ホッピーの白セットを“シロ”と言わしめ、店に入ったと同時に注文ができる常連に、私もなってみたいものだ。
これも気になっていた「ウインナーチーズピザ」の登場だ。マスターが作っているところを覗いていたが、冷凍ものではなく注文されてから生地を伸ばして具を乗せるという本格派。カッティングボードに乗せて出すところがまたいい。
「パリッ!」という心地いい生地の食感! 赤ウインナーとピーマン、チーズだけというシンプル仕立てだが、そのシンプルさが本格的でいい。ちょっとウマ過ぎてもう一枚頼もうかと本当に悩んだが、これはここで食べるからおいしいのだ。
イイじゃない……イイじゃないですか、都立家政。こりゃまた、灯台下暗しが発覚してしまったってやつだ。
「イケメンくん、仕事決まった?」
「はい、朝四時起きっス」
職人先輩とイケメンが、カウンター越しで会話を始める。就職の確認をするってことは、無職のときもこの酒場に来てたってことかイケメン。
「セブンイレブン行ってきますけど、なんか買ってきます?」
「えーっと、とりあえず大丈夫です」
姉さんが買い物ついでにとマスターに尋ねる。セブンイレブンって……飲んでる最中に一体なにを買い出しに行くんですか姉さん。
気になる会話が次々と飛び交う。酒場とは“社交場”というが、まさしくここがそれだ。たまたま入った酒場で、入って来た三人全員が顔見知りって、相当な社交場といっていい。
「すいません、二人いいですか?」
「あーどうも。大丈夫ですよ」
さらに入って来たカップルも顔見知りだったという。常連客がひとり、またひとりと増えていくにつれ、店内がやきとんの煙で満ちてくる。すぐ隣にある、鷺ノ宮まで届きそうな勢いの煙の量。常連客と煙で埋め尽くされる前に、私は席を譲ろう。
「ごちそうさまです」
「ありがとうございました」
調べてみると、この『青角』の本店が西武池袋線の『富士見台』という駅にあるらしい。富士見台なんて都立家政より知らないが、そこにも行ってみるか……いや、行ってみたい。そこも、ここと同じように常連客だらけだったら面白いな。うん、こんな風にして酒場の連鎖が起こることもあるのか……灯台下暗しってのも、いいかもしれない。
と、店を出てここが灯台下暗しの都立家政だったことを思い出し、なぜだかニンマリ。もうちょっと、散策して帰ろうか。
『青角(あおかく)』
住所: 東京都中野区鷺宮3-6-2
営業時間: 17:00~00:00
定休日: 日
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取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)