大阪へ行くことがあれば、是非ともその酒場へ行ってみようと思った矢先。「酒場の神様」からの“思し召し”だったのだろう、たまたま関西へ行く用事ができて、ついでにその酒場へ行くことになったのだ。
生まれも住まいも東日本の私にとって、西日本の電車に毎回手こずる。同じ区画内なのに「大阪駅」と「大阪梅田駅」と「梅田駅」をなぜ一緒にしないのか……もしかして他にも“ナントカ梅田”なんて駅もあるのか? まあ、それは置いておこう。その大阪駅から、目的の酒場がある「京橋駅」へと、電車に揺られて10分。
京橋は思っていたよりかなり綺麗で、そもそもストリートグルメな酒場がこんな街にあるのかと若干心配になった。
ただ少し歩いてみると、庶民の街満載の風景があった。ある意味ほっとしながら進んでいると、数人が並ぶ列が見えてきた。そう、ここが目的の酒場『居酒屋とよ』であった。
「出たっ!」大阪の名物酒場へ
看板を見て、思わず「出たっ!」と声を上げた。人ではないが、なんだか大好きな芸能人を目の当たりにしたような気分だ。ストリートグルメとはいったもので、まさしく道沿いにテントと机だけを並べただけのような質素な造り。これは面白い……。
「兄ちゃんたち、ここから並ぶんやで」
「あ、はい!」
興奮する私に並んでいた先輩客が教えてくれる。開店の13時まであと30分くらいか、最後尾に並び、ふと横の金網を覗くと……えっ!?
墓場……!? なんと、酒場のすぐ横は墓場だったのだ。今までにも崖の上にある酒場や田んぼに囲まれている食堂など、さまざまなロケーションの酒場へ訪れたが、隣に墓場がある酒場なんてはじめてだ。思わず手を合わせていると、どうやら店が少し早めに開くようだ。
「空いている席からどうぞー」
居酒屋とは店名にあるものの、中へ入ると“仮設感”がすごい。ほとんど運動会の本部席みたいだ。立ち飲みするテーブルは、半分が路上に出ているという。そこへざわざわと客が付き、あっという間に満席となった。
店のTシャツを着た数人の若いスタッフが、テキパキと注文を取り始めた。こういっては何だが、この佇まいからしてもっと“ユルい”感じかと思ったら、しっかりとシステマチックに注文は流れている。実は結構、淡々としたところなのか? ……と、思った瞬間、
「は──い、ど──も──!!」
拡声器で……いや、それは地声だった。その大きな声の主こそ、この酒場の大将・筑元豊次さんである。ちょっと強面の関西弁、Netflixで見たまんま。すごい、本物だ。
「今日のマグロな、インドから直輸入や!!」
「でも全部トロの部分やから、みんな頼んでや!!」
さっきまでの淡々とした雰囲気はかき消され、突然、何かのショーでも始まったかのように沸騰した。
それと同時に、頼んでいた瓶ビールが到着した。墓場の横で飲むのは少々気が引けるが、ここはひとつ多めに見ていただこう。
この日は11月で、寒空の下で飲む冷えたビールがキリッと喉を伝う。隣のお地蔵様や故人の方々、おいしいお酒を頂戴しております……さて、いよいよ名物の料理をいただこう。
関西で言う“突き出し”がてらにやってきた「カニと貝の酢の物」(450円)に、まずは驚きだ。九条ネギの存在感が半端ではない。そのネギ山に箸を入れてみると……さらなる驚きが。
カニの身がぎっしり、しかも、ちゃんと本物のカニだ! あっさりと酢の効いた肉厚のカニは旨味がたっぷりで、これがまた九条ネギと合う。さらに分厚いホタテまで隠れているという……“突き出し”だなんて、大変失礼しました。
つづいて「赤貝刺身」(600円)の鮮やかなことよ。弾けんばかりの赤い身が、見るからに旨そうだ。
食べると「コリッ!」という鮮やかな音が、隣の墓石に反響するようだ。ここまで歯ざわりがいいと、いつも食べている赤貝は何者なのかと、恐ろしくなってくる。赤貝らしい爽やかな味わいにウットリだ。
「は──い、よろしくぅ!!」
「お願いしまぁ──す!!」
スタッフの注文に返す大将の大きな声が痛快だ。その声と共に、店内もどんどんボルテージが上がってくるのが分かる。そうなると、料理のほうもテンションも上げていきたい。
大将がすすめていた「マグロ」の登場だ。この“ブッタ切り感”……なんたる迫力! まるで積み木のように盛られた赤身とトロの山が、なんだかウソみたいに見える。
赤身はネットリとした舌触りが最高に心地よく、マグロが絡み合うようだ。トロなんて口に入れた瞬間あっという間に溶け、いつまでも旨味が続く。誕生日にだって、こんなごちそうを食べたことがない。
そして、この店で一番有名な「ウニとイクラ」がやってきた……と思いきや。この日は赤潮の影響でウニの仕入れがなく、今回はイクラのみの提供。こればっかりは仕方がない。その分イクラの量を多めにしているらしいが……
多すぎるっ!! イクラ一粒一粒が、まるでルビーのように輝いている。土台である巻き寿司ごと箸で持ち上げ、一気に頬張ると……うんまいっ! イクラの弾ける食感と、ちょうどいい塩気が渾然一体となり──
大将の魅力こそ、この酒場の価値のひとつ
ゴォォォォオォォォォッ!!
突然の轟音。これは大将の声……ではないぞ。音の元をたどってみると、厨房からだった。
ゴォォォォッ!!
ブォォォォッ!!
そこではなんと、溶接工で使うような巨大ガスバーナーを振り回している大将の姿があった。
「お兄ちゃん、もっと近くで見てや!」
と、大将に催促されるが、とんでもない熱さでなかなか近づけない。そもそも何をしているのかと思えば、マグロの頬肉を焼いているのだ。屋根まで届きそうな炎が見ていてハラハラする。
「大将、熱くないんですか?」
「心頭滅却すれば炎だって……やっぱり熱い!! ガハハッ!!」
と、余裕の大将。よく考えたら墓場の隣でこの炎とは、なんたる大胆不敵。なんとか近くまで寄り、「大将、こっちに笑顔ください!」と撮影ポーズをお願いすると、炎の隙間から大将は今日一番の大声で言った。
「あい・うぃる・びー・まい・べすとっ!!」
おそらく“I will do my best”のことだと思うが、この「頑張ります!」という大将の言葉は、炎にも負けない“熱”を感じた。そんな大将の頑張った料理が、ついに完成した。
この店最大の名物「マグロの頬肉の炙り」(600円)は、さっきまでの炎を鎮火させるかのように、大量の九条ネギで覆われている。その香ばしい匂いに、たまらず食らいつく。
ウマいっ! 圧倒的な“肉感”にため息が出る。頬肉の焦げ目、したたる脂……強烈な旨味と共に、私の頬まで落っこちそうになる。
大将の熱い料理、確かに受け取りました……!
店が落ち着き始めると、厨房から大将が出てきて、ひとつひとつのテーブルへあいさつに回り始めた。まだ昼過ぎだが、大御所芸能人がやる“ディナーショー”のようだ。ふつふつと漂う大物感……しばらくして、こちらの席にも回ってきた。
「お兄ちゃんたち、東京の人やろ?」
実は東京人数名とここへ訪れていたのだが、大将は開口一番にそう言った。
「なんで分かったんですか!?」
「東京の人は“品”があるんや、ガハハッ!!」
おそらく、周りはみんな関西の方だったので、これには苦笑するしかなかった。すかさず私は、ドキュメント番組を観たときに一番疑問に思った事を尋ねてみた。
「あんな炎で、火傷しないんですか?」
「大丈夫や、これ見てみ!」
皺だらけではあるけれど、その皺のひと刻みごとが、まるで巨木の“年輪”のようだ。火傷どころか、ずっと見ていられる、その手。ドキュメント番組だけでは感じることのできなかった、大将の確かな軌跡がそこに刻まれていたのだ。
「たくさん食べてってや!」
大将がそう言って次のテーブルへ向かうと、そこでもまた新たな歓声が上がる。そんな酒場、他にあるだろうか。
これが大阪らしい酒場なのか、それとも『居酒屋とよ』らしいものなのか……とにかく、この大将の魅せる力は、紛れもない酒場の価値のひとつである。
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)