「設計者に施工業者が勘弁してと音を上げるほど、お 互いギリギリの努力で生まれたからこそのレガシー」 と丹下健三研究者の豊川さん。支柱1本の吊り屋根。

日本では文部省が長年学校体育に取り入れたので、バスケットボールは馴染(なじみ)深い。なのに「若い頃は専用競技場がほとんどなかった」と、日本バスケットボール振興会役員の羽佐田さんと黒川さん。だから1964年、東京オリンピックで代々木に専用体育館ができると聞いて大喜び。が、完成後訪れた感想は「異様な建物」。そう、丹下健三設計のいまだ世界に類を見ない吊り屋根建築物が2棟並んでいたのだ。

NPO法人日本バスケットボール振興会の羽佐田恭正 さん(左)と黒川敏雄さん。前大会で作った資料を手に。

完成したのは大会が始まる39日前。選手らに練習で使い心地をみてもらい、「桜材の床が滑る」などの声に、手直ししてなんとか間に合った。

世界の激戦を先のお二人は記録係と報道係として全試合記録。16カ国中日本は4勝5敗で10位と健闘した。心に残る場面の数々を今も忘れない。また決勝の審判を往年の名選手・松尾武司氏が務めたことも栄誉だった。

以来、代々木第二体育館はバスケットボールの聖地となった。使い勝手もよかった。暗幕で外光が遮られるし、円形の観客席は一体感がある。

左は予選、右は東京大会のオフィシャル役員章。全競技中、入場者数が5番目の人気スポ ーツだった。
国立代々木競技場第二体育館
~平和の時代をのびのびと表現した丹下建築~
江戸時代は江戸の端で武家屋敷や農地。明治維新後は陸軍練兵場や明治神宮を造営。終戦後は米軍家族用集合住宅地区のワシントンハイツとなったが、東京オリンピックに向けて返還。選手村やNHKなどと共に二つの体育館が造られた。設計は丹下健三。当時流行の吊り屋根構造の中でも格段に難しくも美しい建築物だ。

プ レイも会場もお楽しみなのだ

だが3000余人の収容力では昨今は手狭に。そこで今回は2万人収容できるさいたまスーパーアリーナが選ばれた。これまでに世界大会が何度も行われた実績があるのだ。

今回の会場決定後は選手が慣れるよう試合開催。2020年1月9日天皇杯にて。

なるほどここも観客席は円形で、選手たちが高身長なせいかものすごい臨場感だ。と思ったら「今回は約2万人規模ですが、もっと大きなスペースにもなるんですよ」 と、さいたまスーパーアリーナ広報担当の中村薫子さん。

なんとこのアリーナは、客席やコンコースを含む巨大な構造物が70m水平移動し、2万席のメインアリーナから最大3万7000席のスタジアムに変化するのだ。壁面や床面にも座席が隠されているとのこと。「だから催しによって訪れたお客様は、それぞれ違う印象のアリーナを記憶するのでしょうね。世界でも珍しい施設ですよ」 と中村さん。いやびっくり!

奇しくもこの競技、二つの時代の「駅前にして世にも珍しい建築物」 の会場に恵まれたのだった。

会場は円形で臨場感あり。本番では天井が上がって5階まで観客席に。
さいたまスーパーアリーナ
~貨物列車の操車場が文化の一大発信地に~
明治18年(1885)高崎線と東北本線の分岐点に大宮駅が開業。その南側の農地などに昭和2年(1927)に日本三大操車場のひとつ大宮操車場完成。1984年に操車場が機能停止し、2000年にさいたま新都心が誕生。国の官庁施設が多いので土・日のにぎわい創出にとさいたまスーパーアリーナを建設。コンサートやスポーツイベントでフル稼動。
大会中は15日間に1日4試合。約2万人の観客が総入替えのため、動線や安全対策を検討中。
大宮操車場の敷地 がほぼ新都心になった。 下が大宮駅方面。

ところで今回の見どころは?日本バスケットボール協会の広報担当者によれば、 「男子は44年ぶりの出場、女子はメダルを狙います」 。

アメリカやヨーロッパの大迫力プレイを目の当たりにできるのも大きな魅力。熱い15日間がやってくる!

取材・文=眞鍋じゅんこ 撮影=鴇田康則