しかし、9月は大好きなかなえちゃんとシゲルさんの誕生日月。半年前、「9月に『居酒屋とんぼ』で二人の合同誕生日会をする」という素敵なアイデアを思いついてしまったものだから、腹を括(くく)るしかない。苦難の日々が始まった。

だれを呼ぶか。会費はいくらにするか。飾り付けもしたいが、やりすぎだろうか。サプライズはどうするか。ケーキはどこで買うか。何号のケーキにするか。苺のショートケーキかチョコレートケーキか、はたまたモンブランか……。

仕事をしていてもなにをしていても、いつも頭の片隅で誕生日会のことを考えてしまう。だんだんと「こんなに悩んだところで、やりたいのはわたしだけなのではないだろうか」と不安になり、いっそなかったことにしようかとも考えた。しかし8月下旬、シゲルさんに「そう言えば誕生日会やるの?」と聞かれ、こんなに悩んでいるとは言えず、「やります」と答えた。

会費と人数を決めたら、『とんぼ』のママがすべて準備してくれるという。わたしはケーキだけ用意することになり、近場でおいしいケーキ屋を探したところ、日暮里に食べログ百名店に選ばれている店を見つけた。『パティシエ ショコラティエ イナムラショウゾウ』だ。食べログ信者のわたしは迷いなくこの店に決めた。

ケーキを予約したら、あとはとくにすることがない。とんぼに足繫く通い、ドリカムの『HAPPY HAPPY BIRTHDAY』を練習した。「午前0時を過ぎたら イチバンに届けよう HAPPY BIRTHDAY」――。この曲さえ歌えば、パーティーは盛り上がること間違いなしだ。

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誕生日会、当日。わたしのミッションは3つ。1つ目は日暮里にケーキを取りに行き、転ばないで『とんぼ』に届けること。2つ目は会費3000円を受け取り、参加者リストに丸をつけること。3つ目はドリカムを歌うこと。

『SLAM DUNK』27巻を思い出す。山王戦で圧倒的な点差をつけられた湘北。安西先生は桜木花道をベンチに下げ、オフェンスリバウンドを教える。桜木がオフェンスリバウンドできれば、追い上げの切り札になる――。

コートに戻る桜木。「不思議と迷いはなかった。やるべきことが一つに絞られたから。それにこんな風に誰かに必要とされ、期待されるのは初めてだったから」。

まさにこの心境だった。3つのミッションを絶対に遂行するのだ。そして誕生日会を成功させるのだ。もう迷いはなかった。

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開始時刻は20時。わたしは15分前にケーキを持って『とんぼ』に到着。テーブルにはおいしそうな料理が大量に並ぶ。鶏の唐揚げ、太巻き、生春巻き、トマトのマリネ……『とんぼ』のママがおいしい料理をたくさん作ってくれた。前日から仕込みをして愛情を込めて作ってくれたかと思うと、涙が出そうになった。

20時を過ぎても、だれも現れない。携帯を見ると、「ごめん、遅れる」というLINEが10人分。いつも遅刻する側のわたしは、これまで幹事をやってくれた人たちに心の中で「いままでごめん」と呟いた。

緑茶ハイを作り、一人でチビチビと飲み始める。なんとも寂しいパーティーの始まりだ。本当はだれも参加したくないんじゃないだろうか。迷惑だったんじゃないだろうか。ここへ来て、また不安でいっぱいになる。酒が入るとネガティブになるのは悪い癖だ。気づいたら酔いが回っていた。

最初にシゲルさんが来た。わたしが「ハッピーバースデー!」と言うと、「ムギちゃん、もう酔っ払ってるね」と笑われたが、いいんだ、今日はパーティーなんだから。イエーイ、めっちゃバースデー!

そのあとの記憶は、あまりない。10人ちゃんと来てくれて、わたしはお釣りをしっかりと間違え、頼まれたドリンクをことごとく作り忘れたことは薄っすら覚えている。しかし、シゲルさんがみんなのお酒をテキパキと作ってくれた。かなえちゃんとゲイ友だちが、巧みな話術で場を盛り上げてくれた。参加者全員が楽しそうにしてくれた。ケーキは信じられないくらいおいしかった。悩む必要なんて、一つもなかった。

宴もたけなわ。わたしはそっとカラオケのデンモクにドリカムの誕生日ソングを入れる。「出会えて良かった 素直に言える一年に一度の日」――。かなえちゃん、シゲルさん、出会えて本当によかった。ありがとう。

翌朝、携帯を見たら、かなえちゃんとゲイ友だちの動画を撮った痕跡があった。だれかが歌う『夢見る少女じゃいられない』に、二人が全力で合いの手を入れる。

「もっと~ もっともっと~ 13cmじゃ届かない

もっと~ もっともっと~ 16cmじゃ踊れない」

いつも思うのだが、ゲイの合いの手というのはどうしてこうも卑猥で面白いのだろうか。

「ラミパス ラミパス ルルルルル~」

かなえちゃんが叫ぶ。

「みんなまとめてホモになれ~」

かなえちゃん、大好き。

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生まれて初めて幹事の真似事をやってみて、つくづく向いていないなと思った。もう無理はしたくない。でもまた来年9月、かなえちゃんとシゲルさんの合同誕生日会をやりたい。一年に一度だけ、ほんの少し無理をしてみようと思うのだ。

文・イラスト=尾崎ムギ子