楽しいものが詰まっている
『パン工房プクムク』は駅からも商店街からも離れた、中野通り沿いにひっそりとある。なかなかなポツンとぶりなのだが、その個性は強烈だ。
ポップなイラストに飾られた外観。店の前にたたずむ人形。こぢんまりとしたショーケースには、小ぶりなパンがぎっしりと並べられている。
楽しいものをギュッと凝縮したかのような『プクムク』。ショーケースの前に立ち、あれこれ選んでいると、ワクワク感がこみあげてくる。
パンは小ぶりながらも、どれもフィリングがぎっしり詰まっている。一番人気の「クリームパン」も、自家製のカスタードクリームがたっぷりで、手に取るとずっしり重さを感じるほどだ。
しかも安い。定番のつぶあんが140円。一番高い総菜パンが「プクムクチーズバーガー」「しゃけバーガー」で330円。小ぶりだし安いから、たくさん買ったってお財布に優しいし、食べきれなくて後悔することもない。なんと素晴らしい!
最初から地元志向
近所に住んでいる人がうらやましくなる『プクムク』だが、創業は1999年と、けっこう古い。もともとはすぐ近く、通りから少し入った路地にあった。こちらも店の規模は今と変わらず、ひっそり系の立地だった。しかし、諸事情があってそちらは閉め、2018年ごろに現在の地に移転したという。
店主の鎌形智さんは『アンデルセン』や『ムッターローザ』で働いた後に独立した。夫婦2人でできる規模、地元の人たちに食べてもらえるベーカリーということで、こぢんまりした店舗形態を選んだ。もともとが地域密着志向。それならば、駅から離れていたって、なんの問題もないのだ。
ちなみに店外に描かれたイラストは鎌形さんによるもの。実際に描いたのは、もちろん看板屋さんだが、下絵、デザインは鎌形さんだ。実はかつて漫画家を目指していたのだ。どおりで、センスを感じる。メニュー表のイラストも、鎌形さん作。無邪気さの中にどこかシュールな感じもあり、見ているだけで楽しくなっている。
さらに言うと、店頭に立っている人形は「純」という名の『プクムク』のキャラクター。「ドナルドみたいなもの。考えて偶然にたどりついた」ものだとか。顔が横を向いているのは、やってくるお客さんを見ているのだろうか?
「いっぱいあったほうが楽しい」
さて、小ぶりなパンがそろう『プクムク』だが、厨房もかなり狭い。作業をするスペースがないため町パンの定番であるサンド類は作っていないのだが、そのへんは具材をパン生地で包んでしまうという方法で、対応している。
焼きそばパンも普通は切れ目に挟むが、こちらは包んでしまうタイプ。ハンバーガーも具材を生地で挟んでから、焼成している。パンと一緒に火が入るので、具材のセレクトには苦労したという。しかし、この方法が具材、フィリングと生地の一体感が出て、なかなかよい。もちろん、中身はぎっしりと詰まっている。
店前のベンチに座って話を聞いていると、お客さんがひとり、スッと自転車でやってきて、パンを選び始めた。あれこれ見ながら、かなりの長考だ。しかし、その選んでいる時間が楽しいのだ。
パンが小ぶりなのは、店のショーケース自体が小さかったのもあるが、なにより「いっぱいあったほうが楽しいかな」と思ってのことだという。まさしく狙い通り。
自分がこの日、迷ったあげくに買ったのはプクムクチーズバーガー330円と、クリーム120円、やきそば160円に、予備でじゃがいも130円。取材が終わって、家で食べるのが楽しみでしょうがない。『プクムク』は、なにからなにまで、楽しい店なのだ。
取材・撮影・文=本橋隆司