下北沢で出合う、本場台湾の味わい
下北沢駅から歩いて2分ほど。商店街のなかに、鮮やかな色合いの看板が印象的な一軒を見つけることができる。2021年にオープンした『台湾綺鷄(キッチン)』は、台湾出身のオーナーが作る本場の台湾唐揚げを中心に、種類豊富な台湾料理が味わえる専門店だ。
台湾出身オーナーの許維志(キョ・イシ)さんは、日本で料理人を務めていた父のあとを継ぎ、銀座で15年以上愛された台湾屋台料理の名店「来来(ライライ)」を営んでいた。そんな中、人生の節目で店を畳むことになり、コロナ禍という時勢も影響し次のステップとして“台湾料理のテイクアウト専門店”を開こうと考えた。
「なんの料理の専門店をやろうかと考えていたときに、たまたま自宅で唐揚げを作っていたんです。そのときに、台湾ではおかゆとしても食べられる豆腐の発酵食品“豆腐よう”をタレに混ぜて鶏肉を漬け込んでみたところ、肉が発酵してすごく柔らかくなったんです。これを発見したときは、一緒にいた友人も“これは止まらなくなるね!”と絶賛してくれて盛り上がりました。そして秘伝のタレを使った唐揚げの専門店にしようと決めたんです」
当初は台湾唐揚げのテイクアウト専門店としてスタートした『台湾綺鷄』だったが、お客さんからの要望があり、カウンターのみだった店内を急遽改装しイートインスペースを設置。そこから、店内でゆっくりと食べられるご飯ものや麺類、小皿料理といったメニューを増やし、現在では多彩な台湾料理が味わえるようになった。
あっさりだけど、濃い。肉味噌と醤油スープが混ざり合うタンツーメン
この店には台湾唐揚げをはじめルーロー飯や担々麺など魅力的なメニューがそろうなか、担仔麵(タンツーメン)という聞き慣れないメニューがある。
タンツーメンは台湾全土で親しまれている国民的なラーメンで、かつて許さんが営んでいた銀座の「来来」でも看板メニューとして掲げていた。その発祥は台南(たいなん)市で、海から戻ってくる漁師のために屋台で提供されたのが始まりといわれている。
タンツーメンのおいしさの鍵となるのは“肉味噌”。炒めた豚肉と香り高い揚げ玉ねぎをあわせ、特製のタレで2時間かけてじっくりと煮込む。肉の旨みと玉ねぎの甘さが凝縮された肉味噌は、そのまま食べると濃厚だが、あっさりとしたスープに合わせたときに本領を発揮するのだ。
「本場のタンツーメンは日本の“わんこそば”のような小さな器に入っていて、塩のスープが一般的です。うちのタンツーメンは標準のラーメンと同じサイズの器で、さらにスープは甘みが引き立つ醤油のスープにアレンジしています」
あっさりとした醤油スープだけを味わうと、昔ながらの醤油ラーメン。しかし、そこに肉味噌を混ぜればたちまち肉の旨みを感じられる濃厚スープに様変わりする。香辛料も、なるべく本場と同じ種類を使いながら日本人向けに調整されているので、クセがなく、味わいに奥深さをプラスしている。
さっぱりしたものを食べたいけれど、満足感もほしい。そんな、ちょっぴり欲張りな気分にフィットしてくれるのがタンツーメンと言えるだろう。
台湾では広く親しまれているタンツーメンだが、日本ではなかなかお目にかかれない。そのため、日本に住む台湾出身の人たちがこのタンツーメンを求めて来店し、懐かしみながら食べることが多いのだそう。
日本人向けにアレンジされたタンツーメンだが、本場の人たちにも愛される一杯だ。
本場屋台の味わいを再現したザージーパイ
タンツーメンを味わったあとは、名物の炸鶏排(ザージーパイ)680円も見逃せない。本場台湾の“屋台の味”を忠実に再現した台湾唐揚げは、衣にタピオカ粉が使われているためカリカリの食感。衣の香ばしさとジューシーな鶏肉の組み合わせ、そしてサクサクとした楽しい食感につられ、特大サイズにも関わらずペロリと平らげてしまう。実に罪な味わいだ。
ザージーパイは、テイクアウトはもちろんイートインでも食べられる。希望すれば切り分けて提供してくれるので、独り占めするのも、誰かとシェアするのもいいだろう。
本場の味わいをベースにしつつ許さんの手でアレンジされた料理の数々は、日本人の舌によくなじむ。『台湾綺鷄』は「台湾料理を食べに行こう」と意気込まなくても、“近所のラーメン屋”のような感覚でふらりと食べに行きたくなる親しみやすさがあった。
取材・文・撮影=稲垣恵美