魅力をアツく語ってもらったのは……
DJ JIN(左)
ヒップホップグループRHYMESTERのDJ。ジャンルや年代を問わず幅広い音楽を紡ぐ独特のスタイルが持ち味。2023年6月21日には、NEW ALBUM『Open TheWindow』がリリースされた。常日頃からデッキ情報をキャッチ。中でも、国内最大規模の仙台駅西口デッキには多大なる敬意を抱いている。
島 晃一(右)
『キネマ旬報』や『ミュージックマガジン』などへの寄稿、ラジオ出演などで活躍する音楽・映画ライター。ラテンや中南米各国のクラブミュージックを得意とするDJでもある。ペデストリアンデッキにハマってからは文献や論文を読んで知見を深め続けている、偏愛家。
ペデストリアンデッキとは
「歩行者」を意味する英語「ペデストリアン」が冠された「高架型の歩道」で、駅前デッキとして設置されていることが多い。最大の特徴は建物と接続されていることで、地上階へ降りることなく、周辺施設へ快適に移動することができる。ちなみに、日本初のペデストリアンデッキは1973年につくられた柏駅東口デッキであるといわれている。
「高崎駅前デッキの光に、とても癒やされたんです」
「ペデストリアンデッキを見ると、心が洗われるんです」とは、島さん。隣では、JINさんがウンウンと深く頷うなずいている。早くも2人の偏愛の兆しが垣間見え、意表を突かれた。
島さんがペデストリアンデッキにのめり込んだのは、6年ほど前。映画ライターの仕事で立川のシネマシティへ行ったとき、何の気なしにデッキに上がったことがきっかけだった。
「デッキから見る夜の街はキラキラ輝いていて。世界が全く違って見えたんです」。
奇しくも福島出身で日本最大級の仙台駅前西口デッキが身近だった島さん。「これは運命だ!」と、行く先々でデッキを撮影しては、Twitterへ投稿するようになる。そして、そのツイートを見ていたのが、DJとして交流のあったJINさんだ。
「それまで音楽や映画のツイートをしていた島君が、突然『ペデストリアンデッキ』と言い出した。誰も『いいね!』を付けていなくて、まさにTwitterの闇に投げてる感じで(笑)」。
しかし、それを機にデッキについて調べ、興味を持ち始めたJINさん。RHYMESTERのツアーで訪れた高崎で、本格的に心奪われることとなる。
「終電ギリギリで急いでいて、心に余裕がなくて。そんなときにふっと目に飛び込んできた高崎駅前デッキの光に、とても癒やされたんです」。
JINさんは帰りの電車で「心が洗われるって、こういうことか!」と、島さんにメールを送り、以来、2人はデッキ仲間にもなった。2019年7月には、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』にJINさん自ら「ペデストリアンデッキ特集」を持ち込み、2人でゲスト出演を果たす。
収録に先立ち、立川駅のデッキを3時間ロケハンするという並々ならぬ気迫で臨み、放送中は、全国の“デッキ愛好家”からたくさんのメッセージが寄せられた。
「あの放送でデッキにハマって、写真集を作ったリスナーさんもいて」と、JINさん。差し出された写真集のページをめくれば、数多くのデッキがエモーショナルに写されている。島さんは「ペデストリアンデッキは、人の心を狂わせる……」と、ボソリ。これは、想像以上に深い沼なのかもしれない。
デッキがあれば万事ジョイフル。人の価値感すら変える魔物が潜む
ここまでの話を聞いていれば、愛好家の方々にとって、単なる高架の歩道でないことは明白だ。その魅力はどこにあるのだろう?
「ホスピタリティに満ちているところ!」と、即答したのは島さんだ。
「そもそも完全な歩行者専用道路だから安全だし、横断歩道もない。周辺施設への接続も超快適。空を見上げれば開放的で、階下を見下ろせば浮遊感を楽しめる。これでもか、というくらい歩行者に優しい道路なんです」。
それを聞いて、「快適さでいえば、立川は最強。つながっているビルがとにかく多い!」と、JINさん。即座に「わかる! モノレールの近未来感もヤバい!」と、島さんが応じ、2人は目を輝かせる。
立川駅前デッキは、2016年に北口側と南口側がつながり、駅を中心とした広範囲を歩いて回れるようになった。まるで蜘蛛の巣のようにビルの合間を走るデッキ網は、デパートなどの大きなビルのみならず、数多くの雑居ビルとも接続。利便性が高い。
JINさんは「以前、島君と歩いて確信しました。立川駅のデッキから降りずに、一生を過ごせる!」と、身を乗り出す。立川駅前デッキの快適さを見れば、「いけるかも?」と思えてしまうから、怖い。
また、島さんは「歩く」だけではなく「留まる」ことの楽しさにも触れる。
「『広場』という機能を持っていることもポイントです」。
ベンチもあり、植栽もあり、ちょっとした公園のようだ。
「各々(おのおの)が、自分の好きなように時間を使っていて、めちゃくちゃピースフルな空間だと思うんですよ」とは、JINさん。天気がいい日には、コーヒー片手にほっこり過ごすこともあるとか。また、島さんは、「人の循環と滞留があるから、デッキの上にいい空気が流れ込んでいるのかも」と、独自の解釈をする。
するとJINさん、「人が集まる場所には、文化が生まれる」と、ニヤリ。
「溝の口のデッキは、“ブレイクダンスの聖地”と呼ばれています。でも、そう呼ばれるまでには、ダンサーの方々の多くの努力があったんです」。
彼らは、実に20年以上前から地域活動に参加して認知を広め、自治体に何度も要望を出すことでパフォーマンスの場として定着させた。まさに、デッキから街の文化が生まれたのだ。
「聖地といえば、僕たちにとって仙台駅西口デッキは絶対王者ですね。風格が違う」と、島さん。JINさんは「妻が仙台出身なんですけど『やっぱり、仙台西口デッキは華があるよね〜』と、王者の自負が垣間見える瞬間が多々あります」と、はにかむ。「最近では、東口まで伸ばす計画があるとか、ないとか。『ナンバーワンは譲らん』、という気概を感じます」。
もはや、デッキ自体が文化。地元民の誇りとなっている地域すらあるのだ。恐るべし!
駅から出たその瞬間、デッキを見つけたら超ハッピー
並々ならぬ愛を語る2人。津々浦々のデッキを求めて、さぞや多方面への遠征をしたのかと思いきや、揃って「探し求めるものではない」と、首を横に振る。
「偶然降り立った駅にデッキがあれば、大当たりなんです!」とは、JINさん。
「例えば宝くじって、なかなか当たらない。けれども、デッキはそこそこの確率で巡り合える。それに当たれば、その日は幸せに暮らせる。僕にとって、そんな存在なんです!」。
また、島さんは「デッキを軸に、街を見るようになった」と語る。
「都心とか、地方とか、そういうフィルターが取り払われて、デッキがあればどの街でも、楽しめるんです」。
なにそれ、最高じゃないですか。2人の話を聞いていたら、今後駅を降りたとき、デッキがあるかどうか気になってしまいそう。アレ? これ、ハマる前兆だったりして?
ペデストリアンデッキは、駅と建物をつなぐだけではない。人も街も文化も、あらゆるものをつなぐ、「幸せの架橋」なのである!
立川駅ペデストリアンデッキに合う音楽を選んでもらいました!
fripSide「only my railgun」
島さん「立川が舞台のアニメ『とある科学の超電磁砲(レールガン)』の主題歌! 象徴的なモノレールとの“レール”つながりもまた、goodですね!」
取材・文=どてらい堂 撮影=小野広幸
『散歩の達人』2023年7月号より