靖国通り側にある目を引くレトロな看板。ガストロは造語らしい。
靖国通り側にある目を引くレトロな看板。ガストロは造語らしい。

広告マンと国連職員を経験した先代マスター

入る前から圧倒的な雰囲気を醸し出している看板と扉。
入る前から圧倒的な雰囲気を醸し出している看板と扉。

先代のマスターが『カールモール』を創業したのは1970年。マスター自身の経歴も面白く、3年ほど広告代理店に勤めた後、ニューヨークに放浪の旅へ。バイト先の雑貨屋さんにて、出合った国連の人に誘われ、試験を受け合格。国連時代はニューヨークを拠点に色んな国を飛び回っていた。

マスターのお父様が亡くなられたタイミングで仕事を辞めて帰国し、お店でもやるかということで31歳の時に『カールモール』をオープン。

マスターがとにかくこだわったのが内装。当時、内装だけで1000万円ほどかかったという。調度品はもちろんだが、内装費の大半を占めているのが壁紙。それもそのはず、国会議事堂の椅子にも使われているという最高級の金華山織。本当に見事で、惚れ惚れしてしまう。

1階スペース。入り口すぐ右には電話ボックスがあり、歴史を感じる。
1階スペース。入り口すぐ右には電話ボックスがあり、歴史を感じる。

高級クラブとカジュアルなバーの2本立て

1階のソファ席。かつてはクラブとして活躍していた。
1階のソファ席。かつてはクラブとして活躍していた。

お店の形態は1階と2階でテイストを変え、1階は高級クラブのようなスタイルで少し値段も高め。綺麗なお姉さんが隣につき、お酒のサービスをしてくれて、楽器の生演奏とお喋りを楽しむ。マスターが結婚してからは奥様がママのような存在に。一方、2階はカジュアルなバー。

奥様が亡くなった後はマスターが1人で切り盛りしていたが、バブルがはじけた後はなかなか同じような商売はできず、ときたま若いミュージシャンを集めてライブをやっていた。そんな時にマダムがお店を訪れる。

レトロ可愛い薔薇のステンドグラス。
レトロ可愛い薔薇のステンドグラス。

マダムと『カールモール』の出合い

2012年の8月に先代マスターより後を継ぎ、2022年に10周年を迎えたマダム。
2012年の8月に先代マスターより後を継ぎ、2022年に10周年を迎えたマダム。

2000年前半、会社員として働きながら、週末はアコーディオンで弾き語りをしていたマダム。隣にあるライブハウスに出入りしていた時、気になりライブ後にちょっと入ってみると、「わぁ!なんだここは!」と一気に惹き込まれる。「君も演奏するならここでライブやりなよ」とマスターに声をかけられ、ライブをしたり、飲みにきたりというおつきあいがはじまった。

何年かするとマスターに「君、お店やらない?」と誘われるが、お店も経営もやったことない自分が引き継いで、すごく好きな店なのに潰してしまったら申し訳ないと、2年くらい返事を保留にしていた。

その間もライブなどしていたが、ちょうど仕事の契約のタイミングが来て、どうしようか悩んだ末、面白い方がいいなと『カールモール』を継ぐことに。そこからマスターに見守られながらのマダム見習いの日々がはじまる。

2階ソファ席。壁紙は30年前に1度貼り替えた。
2階ソファ席。壁紙は30年前に1度貼り替えた。

ライブハウスとしての日々

手前はカウンター。バータイムはここで営業している。
手前はカウンター。バータイムはここで営業している。

最初は何のノウハウもなかったので、まずはマスターのおうち状態になっていた店内を整理。そして楽器があって、古いながらも機材もあるため、ライブに出演してくれる演者さんを探すところからスタート。

音源をアップしているサイトなどを見て、店に合いそうだなという人に毎日30〜40件のお誘いメールを送った。そんな日々が3ヶ月ほど経った頃、少しずつ返事がくるようになり、月に2本ぐらいブッキングライブを開催できるようになる。ライブ以外はバータイムとして営業。

当時は一応SNSはあるものの今ほど発信力はなく、出演者の紹介や、口コミにより演者さんが少しずつ増えていき、ライブイベントが主軸になって軌道にのる。

ブッキング、受付、PA、ドリンクなど基本は全てマダム1人。フードの注文が入ると、近所に住んでいるマスターが自転車で駆けつけて作ってくれるというシステムだった。

階段の趣向もため息がでるほど。手すりと記念撮影したい。
階段の趣向もため息がでるほど。手すりと記念撮影したい。

唯一無二の撮影スタジオ

店名の由来は、劇作家フレドリッヒ・シラーの 戯曲「群盗」に登場する義賊カール・モールから。
店名の由来は、劇作家フレドリッヒ・シラーの 戯曲「群盗」に登場する義賊カール・モールから。

そんな折、コロナ禍になり、ライブ自体が出来ず、どうしようかなと考えた時に思いついたのが撮影事業。今までも問い合わせがあれば、カールモールでの撮影を受けていたが、それをメインに打ち出したことはなかった。さっそくTwitterで発信したところ、ものすごい反響があり、こんなに需要があったんだと撮影スタジオとして力を入れていくことになる。

現在ライブイベントはたまに行われるが、新しい人に使ってもらいたいということで、メインは撮影事業となった。またTwitterなどで気になった人からのお店を見たいという要望を受け、水曜日のみバータイム営業している。

新宿という大都会の隅っこで、53年という月日を紡いできた『カールモール』。是非、この時が止まったような素晴らしい空間で、1人でも多くの人がその一瞬を写真におさめてほしい。

ドアに貼られているポスターは、ほぼ『カールモール』で撮影した映画「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」( 2023年6月30日公開)。作中での店名も『カールモール』そのまま。
ドアに貼られているポスターは、ほぼ『カールモール』で撮影した映画「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」( 2023年6月30日公開)。作中での店名も『カールモール』そのまま。
通路さえもすでに中世へと誘われているよう。
通路さえもすでに中世へと誘われているよう。
住所:東京都新宿区新宿1-34-13 貝塚ビル1F/営業時間:10:00~22:00(BARタイム 17:30~22:00 ※21:00LO。開催日はTwitterをご確認下さい)/アクセス:地下鉄新宿御苑駅より徒歩5分、新宿三丁目駅より徒歩7分

取材・文・撮影=千絵ノムラ