東京のおでん料理店の老舗、『大多福』

『大多福』はおでん好きならばその名を知らない人はいない有名店だ。メディアにもよく取り上げられており、海外から訪れるファンも多い。

東京を代表するおでん料理店の老舗だが、初代は大阪にある法善寺の境内で料理屋を営んでいたという。その傍らでおでんを提供していたが、東京で一旗あげようと一念発起し、大正4年(1915)に浅草千束に移転した。

千束はかつて吉原遊廓で賑わい、『大多福』には芸妓やその旦那衆がよく訪れた。また、界隈の職人たちも多く利用しており、お互い顔を合わせて気まずい思いをしないように入口が別にあったという。

関東大震災や東京大空襲によって度々建物が焼失したが、再建後に少しずつ改築していった。『大多福』のフロントには4代目が手づくりした旧店舗の模型が展示されている。

店舗は老朽化のためリニューアルを行い、現在は近代的なビルとなっている。それでも旧店舗の風情を残し、建物の各所には粋な装飾が施されている。

とりわけ目を引くのが入口すぐに飾られている大きな熊手。これは創業から80年以上に渡って伝統の技法を守り続ける老舗『よし田』のものだ。

店内は複数の部屋に分かれ、カウンター席とテーブル席、円卓や個室が用意されている。洗練されていながらもどこか懐かしい落ち着いた空間でおでんを堪能できる。おでん好きならば、一度は訪れておきたい。

おでんは関西の味付けで、昆布と鰹節の出汁に白醤油をベースにしたものだ。おでん種はひとつひとつ丁寧に調理され、創業当時から継ぎ足しされたおでん汁で12時間ほど煮込む。このことで柔らかく奥深い味わいとなるそうだ。

おでん種は30種類以上におよび、「がん、ちく、とう、だい(がんも、ちくわ、豆腐、大根)」といった定番のものから、たけのこやわらび、里いもなど季節ごとの種も揃う。また、大阪にルーツを持つためコロやさえずりといったクジラの種もある。

4代目となる船大工安行さんの著書『おでん屋さんのおでんの本』(三水社, 1989年)を読むと、それぞれの種のこだわりや造詣の深さが見てとれる。

益子焼のたこ壷に入ったお持ち帰り用のおでん

今回取り上げる益子焼のたこ壷に入ったおでんは旦那衆のひとりが芸妓へのお土産としてリクエストして作られたという。たこ壷は保温性がよく、冬でも2時間は温かいまま味わえるそうだ。

たこ壷のおでんは営業時間に訪れればすぐに購入できる。『大多福』は人気店なので予約が必要な場合が多いが、お持ち帰りの場合はすぐに対応してくれるのだ。

たこ壷はポリ袋と手提げ袋に入れてくれ、手土産として申し分のない風格が漂う。あたかも自分が旦那衆のひとりになったような心持ちになる。

こちらは手提げ袋から取り出したところ。ポリ袋にも『大多福』の文字とおたふくの絵柄が美しく描かれている。たこ壺は麻紐で括られていて手提げできるようになっている。

ポリ袋から取り出すと、たこ壷が姿を現す。小皿に入ったからしが入っており、その下はラップに覆われている。

からしとラップを取り除くと、お待ちかねのおでんが登場する。壺の中は暗くてわかりづらいが、蓋がわりのがんもどきの下には2人前のおでんがぎゅっと詰まっている。

たこ壷からすべてのおでんをお皿に移してみた。今回購入したのはすべてお任せとなり、13種類入っていた。時計回りに12時から、いいだこ、人参、がんもどき、はんぺん、じゃがいも、玉子、昆布、焼竹輪、粟ぶ、焼き豆腐(中央上)、おたのしみ袋(中央右)、大根(中央下)、こんにゃく(中央左)。

たこ壷にも目を向けてみよう。渋い益子焼の肌に「大多福」という文字が刻まれている。

反対側はおたふくの絵が描かれている。芸妓たちは花瓶として使っていたそうだが、菜箸入れなどにしてもお洒落かもしれない。

おでんは多少変形しているが、温めることで形が戻っていく。弱火でじっくり火を通したら、すぐに食べられる。時間をおいて食べるなら、おでんをタッパーなどに移して冷蔵庫に入れておこう。

大根は飴色に染まり、たっぷりと汁を吸い込んでいる。『大多福』では3日かけてじっくり煮込むそうだ。今回は先端に近い部分のものなので厚めに切ってあり、食べ応えもある。口に含むと出汁とさまざまなおでん種から出たうまみが広がる。

玉子もしっかり褐色に染まっている。こちらは2日煮込むそうだ。箸を入れるとぷつっと弾けるほど煮込まれており、ふんわりとした出汁の香りと玉子のまろやかな味わいが同時に楽しめる。

じゃがいもは春から秋にかけて提供される季節限定のおでん種だ。ほくっとした食感が心地よく、おでん汁がしっかりと染みている。

はんぺんは大判のものを使用しており、厚みもあるのでふわっと軽やかな食感が楽しめる。おでん汁がほどよく染み込み、魚のうまみもしっかり残っている。

がんもどきは椎茸、銀杏、人参など、たくさんの具材が詰まっており、さまざまな味を楽しめる。おでん汁もたっぷり抱き込んでおり、噛み締めたときに美味しさがあふれる。

いいだこは串に刺さった状態で提供される。ひと口でふわり、くにくになど色々な食感を楽しめ、甘みのある味わいは癖になる。

焼き豆腐は強めに水切りされており、ぎゅっとうまみが圧縮されている。木綿豆腐特有のほろほろとした舌触り、奥深いおでん汁の味わい、どれをとっても完璧な仕上がりだ。

焼竹輪は豊橋の細身のものだ。たっぷりのおでん汁で煮込まれており、しんなりとしながらもほどよい弾力を残している。

昆布は通常のひと結びではなく、何枚かを重ねて巻いたものになっている。早煮昆布とも呼ばれる柔らかい日高昆布を使用しており、どこを食べてもぎゅっと詰まった昆布の味わいを楽しめる。

こんにゃくはぷりっとした食感を残しながら、出汁がほどよく染みて最高の状態を保っている。『大多福』ではひじきの入った黒こんにゃくを使用している。

人参はひと口大となるが、火がしっかり通っていて柔らかく、豊かな甘みはおでん汁との相性が抜群だ。色味の乏しいおでんの中でひときわ映える。

粟ぶは生麩に粟(あわ)を混ぜ込んだもので、やさしくコクの深い味が楽しめる。一般家庭のおでんではあまり見かけないが、相性は抜群だ。

おたのしみ袋は名前の通り、中身は食べてのお楽しみだ。『大多福』にはもち袋のおでん種もあるので、区別するために油揚げが裏返しになっているのだと思われる。贅沢な具材を用いており、非常に美味しいのだが、具材はご自身で確認してほしい。

伝統の味はもちろん、たこ壷おでんのような粋なおもてなしの心を長年守り続ける『大多福』。店舗や自宅で味わうのもよし、訪問先への手土産にするのもよし、江戸下町の心意気をぜひ楽しんでみてもらいたい。

『大多福』の基本情報

浅草おでん 大多福
〒111-0031 東京都台東区千束1-6-2 NS言問ビル1階
03-3871-2521
定休日:月曜
営業時間:16:00~22:00(L.O. 21:00)

取材・文・撮影=東京おでんだね