気軽な値段も魅力。懐かしさあふれる店とラーメン
「週に2、3回食べに来る女性のお客さんもいますよ。そんなに好きでいてくれるのかと嬉しくなります」。そう話すのは『喜多方ラーメン坂内 高円寺北口店』の店長、石丸国宏(いしまるくにひろ)さんだ。高円寺駅北口の目と鼻の先にあるが、細い路地に面している。訪れるのは近所に住む常連客が多いという。
福島県会津地方にある喜多方市は、蔵の街。その象徴でもある黒い壁に白い格子をつけたなまこ壁を模した外観には、どこかで見たことがある懐かしさがある。店内にも会津地方の縁起物の小法師や赤べこがさりげなく置かれていて郷愁を誘う。
『喜多方ラーメン坂内』が出しているのは、あっさりした醤油味のラーメン。いちばんシンプルなメニュー、喜多方ラーメンは760円と割安にもかかわらずチャーシューが5枚ものっている。
透き通ったスープはすっきりしながらもほんのり甘さがあって懐かしい味。豚バラのチャーシューは、しつこさがなく、厚みもあって食べ応えはばっちり。麺は縮れた中太平打ち麺で、表面はツルツル、噛むともっちり感もある多加水麺だ。味わい深く、やさしい食感で何度も通う人がいることに納得がいく。
64店舗を展開。日本各地で食べられる喜多方ラーメン
福島県の内陸部にある喜多方市発祥の喜多方ラーメンは札幌ラーメン、博多ラーメンと並ぶ日本3大ラーメンのひとつとも言われる。『喜多方ラーメン坂内』のルーツは今も喜多方市で営業する『坂内食堂』だ。当時は仕事終わりの人たちに向けたいろいろなメニューを出す、まさに食堂だった。
昭和の後期にその『坂内食堂』が提供するラーメンと運命的な出会いをしたのが、現在『喜多方ラーメン坂内』を運営する会社の創業者だ。
創業者は『坂内食堂』の初代夫妻に、味の継承を許されて東京・内幸町のガード下に「くら」という名前でラーメン店を開いた。その後、昭和63(1988)年から全国にその味を広めるフランチャイズ展開を行い、『喜多方ラーメン坂内』は2023年3月現在で全国14の都県に64も店がある。
味がぶれるのもよさのうち。1店舗ずつスープもチャーシューも手作り
2006年にできた高円寺北口店もフランチャイズ店のひとつ。フランチャイズというと、本部から食材が送られてきて、調理は最後の部分を行うだけなのかと思えば、そうでもない。
フランチャイズ本部のマネージャーを務める川野至遠(かわのしおん)さんは、「僕らはお店で手間暇かけて作ることにものすごくこだわりがあります」と話す。麺こそ製麺所から生麺が届けられているが、スープもチャーシューも店で作る。
豚骨をトロ火で煮込むスープは、濁らないようにしながらあくをとる。2~3時間かけて作るチャーシューは、1日に何度も店で作っている。
一方で提供する食品としての品質を守ることには厳しく、麺は4日以内に使うこと、チャーシューは炊き上がってから4時間以内のものだけを提供することなど、ルールが決まっている。そのためチャーシューは1日に4回作ることもあるというから、厨房は気を抜けなさそうだ。
「手間もかかるし、効率が悪いですが、出来立てのものをお客様に食べて欲しいというのが創業者の考えです。しかも手間をかければかけるほど、うちのラーメンはうまくなるんですよ」と本部と店舗の橋渡しをしながらブランドや味を守る川野さんは熱く語る。そして「味がぶれることも、ときどきあるんですけど、それも店がもつよさひとつです」と付け足した。
店長の石丸さんは、「ときどき、『今日、ちょっと味が薄めだね』って常連のお客さんに言われることがあります。そう話してくれる常連さんは、薄味がお好みなんです。だから覚えておいて、次に来てくださったときも少し薄味にしています」と、フレキシブルな姿勢で店舗を運営している。
話を聞いていると『喜多方ラーメン坂内 高円寺北口店』は、スタッフさんとお客さんの距離が近く、どことなく暖かい雰囲気があるのがわかる。店が長く続いている理由のひとつに違いない。『喜多方ラーメン坂内』のフランチャイズ店は、他の店も長く営業しているところが多いそうだ。
高円寺は若い世代に向けたボリュームも味のインパクトもあるラーメン店が目立つ。そんな中、古くから住む年配の人にとって、手頃な値段で、やさしい味わいの一杯と、顔馴染みのスタッフさん達は頼りになる存在なのかもしれない。
取材・撮影・文=野崎さおり