1953年に誕生したアルゼンチンタンゴと世界のビールを楽しめる喫茶

靖国通り沿いの書泉グランデから路地に入ってすぐ。写真右下にうっすら店舗が見える。
靖国通り沿いの書泉グランデから路地に入ってすぐ。写真右下にうっすら店舗が見える。

2022年12月に閉店したレンガ造りの味のある喫茶店『ミロンガ ヌォーバ』が2023年2月6日に移転オープン。とはいっても元の店舗からたった40m、L字を描くように歩いた場所にある。

移転先は元鶴谷洋服店の隣。新装されたがこれまでと同様に外装にはレンガを使用している。
移転先は元鶴谷洋服店の隣。新装されたがこれまでと同様に外装にはレンガを使用している。

旧店舗は月刊誌『散歩の達人』で何度も紹介しているので既知の読者も多いかと思うが、今一度おさらいしておこう。『ミロンガ ヌォーバ』は1953年神保町に誕生。炭焼焙煎のコーヒーはもちろんのこと、世界各国のビール、そしてレコードから流れるアルゼンチンタンゴが胸をアツくする喫茶店だ。姉妹店の『ラドリオ』(1949年創業)や近隣の『さぼうる』(1955年創業)らとともに、純喫茶ファンの間では古き良き昭和の面影を残す至高の存在として知られている。

LPレコードは500枚、CDも300枚完備。デジタルとはひと味違うレコードの音色に酔いしれよう。
LPレコードは500枚、CDも300枚完備。デジタルとはひと味違うレコードの音色に酔いしれよう。

開店時間前に外観を撮っていると、ショルダーバッグを提げた年配の男性に声をかけられた。「あっちのミロンガ、なくなっちゃったの⁉︎ 学生時代よく通ってたんだよねぇ」と寂しそうだったが、ここへ移店したが雰囲気はそのままだと伝えると安心して帰っていった。

店長の浅見さんは床もレンガにしたかったそうだが、椅子がレンガで擦れてガタガタになってしまうので、レンガ調の床材にしたそう。
店長の浅見さんは床もレンガにしたかったそうだが、椅子がレンガで擦れてガタガタになってしまうので、レンガ調の床材にしたそう。

前述した話を店長の浅見加代子さんに伝えると、「やはり前の店舗になじみがあるのでしょうね。『学生時代に過ごした場所だから』というのもあると思います。また、古くからきているお客さんはタンゴがお好きというのもありますね。最近はレトロブームなのか土日になると若い方が店内を占めるようになってきました」。

現在、この店のバトンをつなぐ店長の浅見さん。
現在、この店のバトンをつなぐ店長の浅見さん。

浅見さんは、もともと『ラドリオ』で働いていて、『ミロンガ ヌォーバ』の前店長が辞めるタイミングでここへ来ることになったという。喫茶店というものを知り尽くしたベテランだ。

「一部新しいメニューもありますが、お店の雰囲気もほとんど同じなんですよ。しいて変わったところと言えば、カウンターにコンセントがついたことでしょうか。今後はWi-Fiも導入予定です」。

創業当時の面影を残しながら、時代に合わせて少しずつ進化している。

カウンター席に飾られているマッチコレクション(ただし店内は全面禁煙)と電源コンセント。USBのACアダプターも貸し出してくれる。
カウンター席に飾られているマッチコレクション(ただし店内は全面禁煙)と電源コンセント。USBのACアダプターも貸し出してくれる。
世界のビールもズラリ。わざわざ作り付けの棚へ収納するのも「旧店舗のように」というこだわりからだとか。
世界のビールもズラリ。わざわざ作り付けの棚へ収納するのも「旧店舗のように」というこだわりからだとか。
ランプも旧店舗のものを使用。
ランプも旧店舗のものを使用。

ブレンドコーヒーやケーキ、名物のピザ。定番メニューも健在だ

昭和のムードたっぷりの店内には、魅力的なメニューもそのまま引き継いでいる。オーダーが入ってからハンドドリップするコーヒーはブレンド1種、マンデリンほかストレートコーヒーは全7種あり、ウェッジウッドのカップで提供してくれる。もちろん、カフェ・オ・レやカフェラテ、紅茶やピザなどの軽食、甘いものも充実。当然ながら世界のビールも忘れちゃいない。

自家炭焼で香り高いコーヒーはオーダーが入ってから豆を挽きハンドドリップする。
自家炭焼で香り高いコーヒーはオーダーが入ってから豆を挽きハンドドリップする。
コーヒーはステキなウェッジウッドのカップでいただきます。
コーヒーはステキなウェッジウッドのカップでいただきます。

「ケーキは手作りもしますが、私が好きで作ってもらっているものもあります。元スタッフが高円寺で喫茶店『Citron』を開いているんですけど、うちにいたときからお菓子を作っていたので、今も週に1回持ってきてもらっているんです。それから前の店長からのつてで、静岡のお菓子屋さんや、新潟の元スタッフのお母さんが営むお菓子屋さんなどから仕入れていたり。全国各地から入ってきているんですよね」。人とのつながりを大切にする浅見さんはコミュ力MAXとお見受けしました。

右上にプリッと絞られたホイップクリームがリボンみたいでかわいい。ケーキは単品では注文不可なので、ドリンクと一緒にオーダーしよう。
右上にプリッと絞られたホイップクリームがリボンみたいでかわいい。ケーキは単品では注文不可なので、ドリンクと一緒にオーダーしよう。

ちなみにこの日はアールグレイのパウンドケーキ450円を注文。フォークで一口分を切り出すのに、指先が黄色くなるくらい力が必要だったが、口に入れるとホロホロと溶けて消えた。それと同時にアールグレイがふんわり香るステキなお菓子だった。また、たまに自家製のプリンパンやプリンも登場するが「いそがしいので頻繁にはできないんですよ」と浅見さん。次に来店したときに出合えたらいいなぁ。

「メニューもほとんど変わってません」と浅見さん。個人的には左ページ下のおはなスースー茶が気になる。
「メニューもほとんど変わってません」と浅見さん。個人的には左ページ下のおはなスースー茶が気になる。

壁を取ったら出てきてビックリ! 改装中に発掘した旧『ラドリオ』のレンガ

移転して、店そのものは変わってしまったが、浅見さんは「これまでの空気感や雰囲気を変えないように気をつけてますね。やっぱり古いお客様が多いので、皆さん思い出がとてもたくさんおありなので」と語る。

旧店のものを可能な限り持ってきたというおかげで、これまでと遜色ない雰囲気を再現している。そんな中でひときわ存在感を放っているのは、カウンター席にあるレンガの壁だ。

改装の過程で出現した昭和時代の古いレンガ。やや左下がりになっているのも味わい深い。
改装の過程で出現した昭和時代の古いレンガ。やや左下がりになっているのも味わい深い。

「実はその昔、ここも『ラドリオ』の一部だったんです。そのあと別の喫茶店になって、次に貸しスペースになったんですよ。それで防音のためにこの壁を埋めたんです。今回、それを剥がしたら、昭和20〜30年ごろの『ラドリオ』時代のレンガが出てきたんです」。

なんというエピソード。まるで遺跡のようではないか! 「掘り出す」といえば、旧店で長年壁に埋まっていたスピーカーがこの度めでたく壁から“全身”が表に出てきたそう。横から見たら、想像以上に大きくて驚いた。

旧店舗では壁に埋め込まれていたスピーカーを取り出してきたという。
旧店舗では壁に埋め込まれていたスピーカーを取り出してきたという。

新たな環境でスタートした『ミロンガ ヌォーバ』。令和の時代も独自のスタイルで訪れる人々を癒やしている。カフェに入ったらついついスマホを見てしまうのだが、『ミロンガ ヌォーバ』では電源をオフにして空気感を味わわないともったいない。と、言いつつ再訪したときはちゃっかり充電だけはしてしまいそうだな〜。

住所:東京都千代田区神田神保町1-3/営業時間:11:30〜22:30(土・日・祝は11:30〜19:00)/定休日:水/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩2分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢