隈研吾

1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

建築の永続性を叶えてくれる素材が石だった

——どんな点に留意して『角川武蔵野ミュージアム』をデザイン監修されましたか。

隈:デザイン監修では所沢らしさをどうやって表現するかをとても考えましたね。所沢って、台地の力を強く感じる場所なんです。だから、通常の倍以上の厚みのある7cmの石に、「割肌」という表面の粗い加工を施して使いました。1200tもの花崗岩が地面からわっと隆起したみたいな形にしたんです。

角川武蔵野ミュージアムは博物館、図書館、美術館を備え、カフェもある複合施設。内部は複雑な機能を迷路のように混ざり合ったものにしようというコンセプトでした。

それに合わせていったら、外観もすごく複雑になって。あの形は外から発想したのではなく、中の部屋を迷路のように当てはまってめいったら自動的にああいう形になりました。

——隈研吾さんにとって角川武蔵野ミュージアムはどんな存在ですか。

隈:『角川武蔵野ミュージアム』は、結果的に「石」建築の代表作になりましたね。私はずっと木という素材を追求してきたのですが、最近は素材の軽やかさも大切だけれど、建築の永続性も重要だなと思い始めていました。

ヨーロッパの建築や古い建築の魅力は形ではなく、石だと感じています。人間の寿命はせいぜい100年。それを超える建築——建築の永続性がテーマとなった時、その夢を叶えてくれるのが石という素材なんです。

しかし、石の建築は意外と難しい……。だから、適切な場で真剣に挑戦したいなと思っていました。そしてその機会を得たのが今回。設計も当初から随分と変わりましたね。完成時期がなければまだ迷っていたかもしれません(笑)。ちょうどよいタイミングでした。

建物・土地に加えて目の前の東川も一体で設計できたのもよかったです。地方の建築は、都市部と同じようなものができてしまうのですが、今回は場所を象徴するモニュメントのような建築物に仕上げることができました。

ビジュアル効果の予定が子供に大人気

——まるで施設内は窓がなく、胎内めぐりをしているような感覚でしたが、光を遮った空間演出だったのですか。

隈:完全に光をさえぎっているわけではなくて、スリットから光が印象的に入ってくる場所がいくつかあります。光を絞ったから逆に印象的な効果ができたなかと思います。

 

——実際に施設がオープンし、想定と違っていたことはありますか。

隈:目の前のプールですね。夏に子供たちがあんな風に水遊びするなんて想定していなかったですよ。プールはビジュアル上の効果——建物と水の組み合わせとして考えたのですが、結果的には子供たちに愛されたものになりましたね。それは予想外でした(笑)。

同館スタッフにもインタビュー!

実はすごい『角川武蔵野ミュージアム』のコンセプト&試みについても、同館スタッフの熊谷周三さん伺いました!

——『角川武蔵野ミュージアム』はどんなコンセプトをお持ちですか。

熊谷:館長に就任した編集工学者の松岡正剛さんが掲げたのが「まぜまぜ」というコンセプトです。ファインアート、現代アート、サブカルチャーなどと区分されたり、ハイカルチャー、ローカルチャーと価値づけされたりしていますが、角川武蔵野ミュージアムではそれらを“まぜまぜ”にすることで新しい価値が生まれていくと考えています。

 

——そのコンセプトが強く反映している場所はありますか

熊谷:本が並ぶ「エディットタウン―ブックストリート」は、元々の本の分類自体を一から見直し、「男と女のあいだ」「個性で勝負する」というようなテーマで本を並べています。例えば、科学の本の横に社会経済や文学が並ぶなど、今まで別々の棚に配架されていた本たちが新しい分類によって隣り合わせになります。そうした“まぜまぜ”の本棚を眺めることで関心の幅を広げたり、理解が深まったりする——それを松岡館長は“棚読み”といっていますが、新たな本との出会いを体験できる本棚なんです。

視線が上や下、斜めに行ったりきたりできるよう違い棚にしているのも、そのコンセプトを反映しているからなんですよ。

“まぜまぜ”のコンセプトは、ニセモノとホンモノという境目をもなくしてしまいます。例えば、「荒俣ワンダー秘宝館」は博物学研究者の荒俣宏さんが監修し、動物のはく製や昆虫の標本の横に人魚のミイラやUFOの破片が飾られています。

熊谷:15~18世紀のヨーロッパで王侯貴族や研究者らによって盛んにつくられていた、世界中から収集した珍品を並べた不思議な陳列室が、博物館の起源のひとつと言われています。その陳列室はドイツ語でWunderkammer(ヴンダーカマー)、驚異の部屋と訳されます。

驚異の部屋は来客者を驚かせ、あっと言わせるのが目的。だから、そこには“ニセモノ”と“ホンモノ”の優劣はありません。博物館が本来的にもっているものは“驚き=ワンダー”なんです。

 

——個人的に好きな場所どこですか。

熊谷:ぼくが一番好きなのはアティックステップですね。

熊谷:ここは荒俣宏さんが自分の蔵書から約3000冊を厳選して配架しています。説明書きもすべて荒俣さんの手書きなんですよ。

荒俣宏さんがすべて資料を揃えて、原稿を書いた『世界大博物図鑑』があるかと思えば、向こうには妖怪関連の本が置かれていたり、哲学の本があったり。ここはまるで荒俣宏さんの脳内を垣間見ているようで、わくわくします。

住所:埼玉県所沢市東所沢和田3-31-3/営業時間:10:00~18:00(金・土は~21:00。入館は閉館の30分前まで)/定休日:第1・3・5火(祝の場合は翌休)/アクセス:JR武蔵野線東所沢駅から徒歩10分。

取材・文=崎谷未央(編集制作アイモ) 撮影=鈴木賢一
『散歩の達人』2023年3月号に加筆