飲むだけでは足りない。日本茶という素材に一石を投じる、日本茶ジェノベーゼ
「こんなにも、茶農家のチカラが集約したプロダクトはほかにない。的場園さんと一緒に“新しい価値観の日本茶”を届けられることに、今とてもワクワクしています」
東京・西荻窪に店を構える人気日本茶スタンド「Satén japanese tea」の代表であり、長年淹れ手として第一線で活躍する小山和裕さんは、完成したばかりの「Saténの茶葉ジェノベーゼ」を手に、そう声を弾ませます。
これまでにも、片口抹茶碗やティードリッパー、日本茶ビールなど、淹れ手ならではの視点でさまざまな商品開発を行ってきた小山さんが2023年最初に仕掛けたのは、“食べる日本茶”。さやまかおりの一番茶を使い、茶の実油や国産ごまなどを加えて仕上げた日本茶のジェノベーゼです。
商品開発にあたり小山さんが白羽の矢を立てたのは、以前から親交のあった狭山茶の生産農家「的場園」の4代目・的場龍太郎さんでした。
まったくの別業種から茶農家になった的場さんは、伝統やしきたりに囚われないユニークな発想で、茶業界に新風を吹き込んできたひとり。狭山茶風呂やサウナのイベントを開催したり、海外の留学生とスパイスティーを開発したり。その持ち前のバイタリティは就農から10年以上経った今も、衰えを知りません。実は「Saténの茶葉ジェノベーゼ」は、的場さんが6年前から手がける「グリーンティージェノベーゼ」をベースにSatén流にアレンジしたもの。
2022年末、「グリーンティージェノベーゼ」をSaténのオリジナルレシピにアレンジして商品化したいと小山さんから声をかけられた時のことを、素直に嬉しかったと的場さんは振り返ります。
「古くから茶業界にいる人から見れば、僕の活動は突拍子もないもののように思えるでしょう。でもすべては『日本茶を次の世代に継承・発展させていくため』、それに尽きます。飲み物としての日本茶に限らず、食材、健康食品、エンターテインメント、美容、植物、材木……、あらゆる可能性を否定せずに今チャレンジしておかなければいけないというのが僕の基本の考えです。
だから、生産者としてできることや、自分が楽しそうと思ったことには何にでも取り組んできました。ただ、やはり僕ら農家の発信力には限界を感じていたというのが正直なところ。そんな中で、業界を代表するトッププレーヤーである小山さんにオファーをもらい、楽しみでしかありませんでしたね」
ではなぜ、全国に数え切れないほどある茶葉を使った食品の中から、小山さんは的場園の「グリーンティージェノベーゼ」に着目したのでしょう。問いかけてみると、答えはすぐに返ってきました。
「僕は、単にお茶の食品をつくりたかったわけではありません。『グリーンティージェノベーゼ』には、的場園さんにしかできない、新しいアプローチからの日本茶づくりが詰まっているんです」(小山さん)
80gの小瓶に凝縮した、“食べるための日本茶”づくり
そう語る理由のひとつが、原料に使われている「茶の実油」にあります。茶の実とは、いわば茶の種のこと。かつて茶の木は、この実を撒いて栽培されており、またツバキ科の植物であることから最高級オイルとして知られる椿油と同等の質の高い油が採れるのだそう。現在の茶栽培は挿し木が一般的となっているため、茶の実を生産する農家は国内でも数えるほどしか存在せず、大変希少だといいます。
的場園では茶の実生産専用の畑を備え、さらに全国からも仕入れて搾油。「グリーンティージェノベーゼ」に使用するほか、化粧品として商品化しています。これも的場さんのいう、飲む日本茶の延長ではない、新たな日本茶の在り方のひとつ。
さらにもうひとつ、「グリーンティージェノベーゼ」には的場園独自の技術が。それは主原料の茶葉に隠されていました。
「うちの特許製法でつくった、食べられる茶葉『EATea(イーティー)』を使用しています。『EATea』は、さやまかおりの一番茶を収穫後1時間以内に蒸し上げ、短時間で乾燥させて仕上げたドライ茶葉。これも飲料用の茶葉とは違う専用の畑で栽培しているんです」と、的場さん。
深い緑色、香り、味をしっかりと引き出し、かつ葉の形を残したまま乾燥させるためには、通常と同じ栽培方法では目指す仕上がりにならないのだとか。剪定の際のハサミの入れ方を変え、蒸す温度や時間も1度・1秒単位で調整しようやく導き出した、“食べるため”の茶葉の生産方法です。
そんな的場さんの努力を目の当たりにした小山さんの言葉にも思わず熱が。
「単に茶葉でジェノベーゼをつくるだけなら最悪、農家でなくてもできるでしょう。もちろん日本茶スイーツや茶葉料理も、食べるという日本茶の楽しみ方のひとつです。でもそれらはあくまで、今つくられている飲むための茶葉のアレンジ品でしかない。
その点的場さんのジェノベーゼは、原料栽培の段階から、飲むお茶とはまったく違う角度で日本茶づくりが行われています。これは間違いなく的場園にしかできないこと。僕らがこのジェノベーゼを届けることは、Saténが掲げる『Leaf to Relief ‒ 茶葉から一服へ -』——、つまり産地から消費者へというメッセージに確かに通ずるものです。だから、的場園さんと一緒につくりたかった」
Saténが加えたのは「お茶と楽しむ」という視点
そんな的場園の「グリーンティージェノベーゼ」をアレンジしてできた、「Saténの茶葉ジェノベーゼ」。小山さんは当初、的場園オリジナルをそのまま使用・販売することも考えたといいますが、家庭用として開発された「グリーンティージェノベーゼ」があまりにも“完成されすぎて”いたために、Saténで使うには少し工夫が必要だと感じたのだそう。
「『グリーンティージェノベーゼ』は、単体でベストな状態になるように味の設計がされています。でも、僕らがSaténで“お茶と合わせて”提供することを考えると、にんにくの香りや塩味のパンチが少し強いなと感じました。なので、失礼ながらも、レシピを変えられませんかと相談させてもらったんです(笑)」
よりやわらかなテイストにするためににんにくを控え、代わりにごまをプラス。味に丸みを帯びただけでなくほんのり和の風味が加わり、日本茶と合わせた時に互いに邪魔をしない、まろやかなバランスに仕上がりました。
Saténでは「茶葉ジェノベーゼトースト」として2023年1月からオンメニュー。仕上げに数滴忍ばせた醤油が隠し味です。
「醤油はずるいなあ!(笑)」と、的場さん。「見せ方として最高ですよね。お茶に興味のない人にとってもすごくキャッチーな上に、身近で再現性も高い。さすがの一言です。
というのも、『間口はできるだけ広く、でも掘り下げたら沼のように奥が深い』が僕の理想。僕ら茶農家はマニアックな部分を担い、でも最前線ではやっぱり小山さんのように発信力のある人に走ってもらわなきゃ」
すべては日本茶文化を次世代につなぐため。目先の生産効率より大切なものがある
単純に考えれば、食べるための茶葉も、飲むお茶と同じ原料でつくる方が効率的に思えるでしょう。しかし、2人が見据えているのは目の前の生産性ではなく、もっと先の未来。
約1200年にわたる歴史の中で飲み物としての日本茶は、品質の向上と安定供給を極めました。美味しさというアプローチがほぼ限界に達した結果として陥っているのが、茶園の減少です。Saténでもこれまで、シングルオリジン、抹茶ラテ、アレンジティー、カクテルなど、あらゆる角度から飲む日本茶を提案してきましたが、それでも、日本茶文化を次の世代に受け継ぐためには茶葉の消費量が圧倒的に足りていないといいます。だからこそ、これまでとまったく違う高付加価値を持った日本茶が必要なのです。
「たとえば将来的に、食べるための茶葉や茶の実だけをつくる茶農家が現れたらおもしろいですよね。茶園に多様性が生まれ、日本茶という素材が飲む目的以外に継続的に必要とされる『新しい文化』が根付けば全体の価値や需要が上がり、飲む日本茶が受け継がれていく力になる。それがひいては、茶園を守ることになると思うんです」(的場さん)
最後に、小山さんもこう言葉をつなぎます。
「的場さんは、日本茶という素材の新しい捉え方をたくさん教えてくれました。畑から変えるなんて生産者であっても誰でもできることじゃない。
淹れ手である自分には何が提供できるのかを常に模索し続けていた中、今回、『Saténの茶葉ジェノベーゼ』を的場さんとつくれたこと自体が僕にとっても大きな財産だと感じています。このジェノベーゼを多くの方に楽しんでもらえるよう届けていくことはもちろん、淹れ手の視点から合うお茶を提案したり、お客さんと一緒に探したりして『日本茶を食べる文化』を築いていきたい。ここからがスタートです。」
Saténの茶葉ジェノベーゼ
価格: 1,280円
内容量:80g
文・RIN 写真・松島星太(Re:leaf Record)