1971年以来、新橋の愛煙家のオアシス。完全分煙で喫煙者も嫌煙者も快適に過ごせる喫茶店
第二次世界大戦直後はヤミ市として栄え、1971年に地上11階、地下4階の商業施設として誕生したニュー新橋ビル。エスカレーターで地下1階に降りると、1971年創業の『喫茶フジ』がある。ガラス張りなので待ち合わせにも便利だ。
3代目オーナーの市原宏昭さんに話を聞いた。
「ニュー新橋ビルが建ったとき、初代である僕のおじいさんが、この店を始めました。その当時、私の父が墨田区のほうで喫茶店を開いて成功していたので、新橋でもやろうと。店名はおじいさんの出身が富士山の麓なので、そこから『フジ』と名付けたそうです」。
壁に日本一の霊峰が映し出され、まるで店を見守っているかのようだ。
2003年に2代目オーナーのお父さんが亡くなってから、3代目を継いだ市原さん。店の雰囲気は創業当時の佇まいを残しているが、よりよく店でくつろいでもらえるようWi-Fi・コンセントを完備、電子マネーも対応。人の目を気にせず喫煙ができる設備も素晴らしい。
東京オリンピック2020の開催に合わせ、2019年に店内の設備を整えた。「かくいう私も愛煙家なので最後まで禁煙・分煙には抵抗していたけど、さすがにいろいろな法律ができちゃったのでね。だからこそ、どうせ分煙をやるなら法律で決められた規定を完全にクリアした形にしたんですよ」。
分煙とは名ばかりで、喫煙スペースから煙とニオイが漏れてくるなんてことはよくある話。だが『喫茶フジ』では、出入り口の開口部の寸法や店内に吹いている風の風量など細かい規定をすべてクリア。そのため、思う存分喫煙をしても外には煙やニオイが漏れず、吸う人も吸わない人も快適な環境を保っている。施工後にモデル店として国や都の担当者が視察に訪れたくらいカンペキなのだ。
「分煙スペースを設置したらタバコを吸わない若い女の子が増えたんですよ。基本的にウチはサラリーマンの方をメインにしていたわけだけど、土曜日なんかメルヘンチックなカッコをした女の子がいっぱいで、自分の店なのに『どこの店かな、ここは⁉︎』って思ってしまうくらいで(笑)」と、市原さん。この店にも新しい風が吹き込んでいるようだ。
サラリーマンも心躍る! 子供の頃に食べたなつかし系の分厚いホットケーキ
昔から人気のサンドイッチや、市原さんも「大好き!」というホットドッグ、ブレンドコーヒーやウインナーコーヒー、レモンティーも昔と変わらぬ味だ。とくにコーヒーは、車が一台買えるくらいの高品質なマシンにより、こだわりの豆をたっぷり使ってリッチなテイストに仕上げている。
「忙しいサラリーマンの方たちに、最速で提供したいと思っていますので。昔は食事のメニューも豚の生姜焼きとか手の込んだものも出してきましたが、時代とともにどんどん簡単になってきました。近年メニューに加えた富士宮やきそばは人気ですよ」。
また、ここ数年のレトロブームで、クリームソーダの人気が再燃。バリエーションを増やしてカラフルに。
そして、数あるメニューの中でこの日選んだのは窯焼きホットケーキ750円。コーヒーまたは紅茶付きだ。ホットケーキの上にはカップとお揃いの焼印が押してあり、分厚くいかにもフワフワでおいしそう!
オーダーしてまもなく、ホットケーキとコーヒーが甘い香りを振りまきながらテーブルに運ばれて来た。筆者にとって、こんがり焼けた茶色と側面の鮮やかな黄色のコンビネーションは「おいしいもの」を表すカラーリング。厚みは3cmほどあり、思ってた以上に食べ応えがありそう。
温かいうちにマーガリンを乗せると、じわっと溶けて染み込み濃いシミをつけた。さらにメイプルシロップをたっぷりかけたら、うーん、おいしそうだ。一口大に切って食べてみると、ふんわりとして弾力があり、卵と牛乳のやさしい味わい。筆者が子供の頃、母が焼いてくれたのはもっと薄かったけど、あの頃みたいな懐かしいホットケーキの味がした。
おみやげ!? も人気の『喫茶フジ』。「喫茶店は、快適なサボり場でもある」
あっという間にぺろりと完食してしまい、苦味と酸味のバランスがいいブレンドコーヒーをゆっくりと味わった。これが仕事じゃなければもう一杯、ゆっくりコーヒーを飲んでいたところだ。
このコーヒーカップ&ソーサーは、岐阜・美濃焼の製造メーカーによるもので店内で1650円にて購入可能。「仕入れ値で販売しているんだけど、300客くらい売れています」とのこと。現在は、カフェオレなどで使用するマグカップやデミタスや紅茶のポットとティーカップも販売しているそうだ。
『喫茶フジ』を象徴する青色だけでなく、窯焼きホットケーキにも刻印されていたアイコニックなロゴと富士山マークがさらに魅力的。「これはね、カップを作るときに私が考えたんです。何気なく紙にさらさらっと書いたものをデザイナーさんがキレイに清書してくれて」と、照れ臭そうに答える市原さん。
カップを傾けセンスのいいロゴをしげしげと見つめていると、「最近はお客さんがね、各テーブルに置いてあるうちわや紙ナプキン、コースター、マッチを持って帰るんですよ。マッチは私がタバコ好きだから作りたくてね。だけど、製造業者が年々減っていて見つけるのが大変なんです」と、ひと揃いおみやげに持たせてくれた。
「この辺りは昔、海風が入ってきて夏でも涼しかったんですよ。ところが汐留の開発で大きなビルが建ってものすごく暑くなっちゃった。だから、せっかくなのでオリジナルのうちわを作っているんです。冬でも置いておくとおみやげにお持ちいただけるので」。市原さんはなんと太っ腹なんだろう。
食器やうちわなど、食べ物以外のおみやげがある喫茶店って面白いな〜。最後に市原さんにとって喫茶店とはどういう場所なのか聞いてみたくなった。
「サボリ場ですね(笑)。よくいろんな取材のご依頼をいただくんですけど、必ず営業前にしてくださいってお願いしているんです。なんでかっていうと、お客様がサボってるから(笑)」。
“お客様が快適にサボっていらっしゃるのを邪魔したくない”ということらしい! 先の喫煙スペースのことや、うちわの話など細部にまで行き届いたおもてなしの心が素晴らしい。
ちなみに店内にある大きな液晶テレビは、市原さんが「店で(2010年バンクーバーオリンピックの)安藤美姫のフリー演技が見たくて」と導入したそう。さすが、サボりたい人のツボを押さえていらっしゃる!
サラリーマンの聖地・新橋で、創業から50年以上愛される理由がわかった。現在は純喫茶・レトロ喫茶の聖地にもなって、ファン層を拡大。次に来るときは思いっきりリラックスするためにストレッチパンツを履いて行こうっと。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢