某・直江兼続についての委細は写し絵に刷り込んでおる故、是非にご覧あれ。
某・直江兼続についての委細は写し絵に刷り込んでおる故、是非にご覧あれ。

軍神・上杉謙信と歴代藩主が眠る森厳の御廟屋

旅の始まりは歴史の始まり。米沢で先ず訪れるべきは此方である。

正式名称を「米沢藩主上杉家墓所」と申す。

その名の通り、当地を治めた米沢藩主の歴代の墓(廟)が並び、領内の民からは御廟屋(おたまや)や御廟所の通称で親しまれておる。

格式高い門柱幕を潜れば、数十メートルはあろうかという杉並木が陽射しを遮り、凛とした静寂に空気の変化を感じ取る者も多い。

それもそのはず。

ここは歴史的にも大変貴重な国指定史跡であると同時に、戦国期に「毘」と「龍」の旗印を掲げた越後の龍の異名をもつ、軍神上杉謙信公の遺骸が安置された廟なのだ。

左右には当地を治められた歴代米沢藩主の墓(廟)が並び立ち、初めて訪れた者であれば、神聖な雰囲気と圧倒的な存在感に思わず息をのむ事であろう。

景勝様は始終穏やかな御顔であられた。久方ぶりに義父の墓前に参られ、良き御報告があったのやもしれぬ。

そして上杉家菩提寺へ

御廟屋を後にした我らは、次いで上杉家菩提寺である法音寺へと向かう。

法音寺は真言宗豊山派の寺院で、山号を八海山と申す。 もとは天平9年(737年)に聖武天皇の勅命により越後国南魚沼郡(現・新潟県六日町)、藤原の里に建立された寺院であり、上杉家の移封に伴って越後から会津、米沢城二の丸に移り、歴代藩主の菩提寺となった経緯がある。

前門を通ると、副住職殿が柔和な微笑みのまま我らをお迎えくだされた。

本尊である大日如来様を前に副住職殿が読経を行うと、鼓膜を通して心に寄り添うかの様に、よく響く声色が堂内を満たした。

左手の人差し指を右の拳で握っている印相、「智拳印」を結ぶ金剛界の大日如来様は、曰く「悩み・助けを求める者あらば、諸仏・諸菩薩に身を変じて直ちに救いの手を差しのべて下さる仏様である」という。

真言密教の救主に相応しく、堂々とした風格と知慧の境地を示す深遠な表情は、古くから武士をはじめ多くの民の信仰を集めたそうな。

改めて寺院内を案内いただき、最も奥まった棟に着く。

そこには歴代藩主の位牌を祀るべく壁一面に位牌檀が設けられ、上杉家御霊所と呼ばれるその場所の近くには謙信公が崇拝された毘沙門天像が御座された。普段は写し絵を撮ること叶わぬが、此度は特別に御許しを得られた。誠にかたじけないことである。

そしてこの場所で、某は身に余る栄誉を得た。

景勝様より特別に御霊との対面を御許し頂けたのだ。筆頭家老と申せども、本来であれば臣下の身で面前は叶わぬ由、有難く随伴致し申した。

頭を垂れ、久方振りに御心を通わせる。

「……御館様、当隊は結成より14年を迎えまする。かつて仰せになられた『幼少の頃に怒られた事は、大人になっていくにつれ答え合わせの様に胸に響いてくる』との御言葉が、長く隊期を過ごす我が身に染みて参ります。初心を忘れず、一層御役目に励む所存に御座ります。」

良き頃合いと、副住職殿から茶の湯をお誘い頂いた。
「冬の寺院は芯より冷え込みますから」と、湯気とともに器に注がれた一服の茶はほのかに甘く、冷たくなった指先をじわりと温めた。笑顔で見送る副住職殿に謝辞を伝え、我らは法音寺を後にした。

染織工房わくわく館で米沢織初体験

戸外に出ると見事な冬晴れであった。まだ十分に陽は高い。

次の目的地へ徒歩2分程の道中を往く。

すこぶる近い。

いくつもの木造の家屋群からなる敷地が見えれば、風に乗って子気味良い機織りの音が聞こえる。『米沢織ワールド 染織工房わくわく館』に到着である。

米沢織の歴史は古く、某「直江兼続」が織物の原料の栽培に力を入れたことに始まった。
これを原料から製造までの一大産業として築き上げた人物こそ、上杉家中興の祖「上杉鷹山公」であられるのだ。

さて、気になる施設はと申せば、本格ギャラリーはもちろん、米沢織・和小物・紅花染の販売や、工房を備え、『クラッセ』というセンスの良いカフェまである。Classe(クラッセ)とはイタリア語で「クラス=教室」を表すが、それもそのはず。

あるのだ、学び場が。

時代織機を用いた本格派の「手織体験」や、世界に一つだけの彩鮮やかな「紅花染体験」をコース別に有料体験できるのである。

「それでは、まずやってみましょう。」という館長殿の御言葉に甘え、いよいよ体験開始。
「それでは、まずやってみましょう。」という館長殿の御言葉に甘え、いよいよ体験開始。

織機の操作は四肢の全てを使わねばならぬ故、説明は1人ずつ丁寧に、それこそ文字通り「手取り足取り」ご教示頂く。

がっしりと引き巻かれた縦糸の上で、杼(ひ)と呼ばれる横糸を載せたシャトルが左右に行き交う様に、成る程あの歌を思い出す。

館長殿にコツを伺ったところ、まず大切なことは一定のリズムであると申す。速さ、強さ、糸の引き加減に気を配り、右足、左足と交互に踏み込み織機を操る。

正に人馬一体ならぬ織機一体。

美しき米沢織は、熟練の職人が織り成す子気味良い「音」で創られていたのだと改めて感じ入った次第であった。

ともすれば、三者三様に好みの横糸を持ち寄った手織の「思い出コースター」の完成である。

お土産に巾着を3つと美しき生地を購入。

丁寧なご指導、有り難う存ずる。

廟の隠れ家で囲炉裏を囲んだ極上の郷土料理

小一時間程たったであろうか。

にわかに雪が降りだし速足で次へと向かう。
四方を山々に囲まれた米沢の日入りは冬季も相まって尚早い。街路に明かりが灯る頃、最後の目的地に到着と相成った。

陣羽織の雪を払っておれば、店内から引き戸越しに「よぐござったなぁし」と歓迎の意が聞こえる。マスク越しでも伝わる「ほっとする笑顔」に口元を綻ばせ戸を開ければ、優しい囲炉裏の火が我らを待っておった。

名を『廟(たまや)の隠れ家』と申す此の店は天保3年の創業。先代より守り伝えられてきた味噌造り、麹作りを受け継ぐとっておきの隠れ家的名店である。

日ノ本で長く愛されてきた発酵食品の麴文化を多様な世代に伝え広める活動の一環として、当地に食事処を構えたとの由を語ってくださる会長の秋葉殿。

囲炉裏を囲み、甘酒を頂きながら談笑を交えて伺う地域の歴史話は興味深く、まろやかに心を解す。

会長の秋葉殿が自ら火箸を取り、炭具合を整えると、先ずはオススメの「隠れ家セット1100円」を人数分ご用意いただく運びとなった。

こちらは白もちや各焼き物などに柚子や山椒味噌が塗られ、白もちに始まり、厚揚げ、なす、こんにゃく、さといもと順に囲炉裏で焼かれ、柚子や山椒味噌を塗って頂く。ほっくほくのさといもに程よく塗られた柚子味噌の香りがたまらなく美味い。

さながら囲炉裏で頂く郷土懐石を思わせるセットで、締めには米沢のうこぎ麺も付く。

「地元の人と大地が育む、本当に良いものを地産地消で召し上がってください。味は旬の素材の美味しさを、香りは味噌の風味とともに楽しんで頂きたいですね。」と語られる千葉殿。見事なもてなしの心に触れ、腹いっぱい、胸いっぱいの心地とはこの事である。

地域を愛し、地域を育て、古きを尊び新しきを見つめる。

我ら観光PRを御役目とする戦国武将隊にとって、最も大切な「心構え」に出会う一日であった。

さて、読者諸氏。

此度は戦国一の長尺筆者、直江兼続の長文に良くぞ付き合うてくれた。

終いは上杉式の勝鬨を以て結びと致す!皆の者、誇らしく拳を掲げ、天高く突き上げよ!

「いざ、鋭意 鋭意 応 応!」

さあ、次はどこを巡りて散歩と相成ろうか。

 

写真・文=やまがた愛の武将隊筆頭 直江山城守兼続