築70年以上の歴史が感じられる建物
こちらの開業は昭和24年(1949)。建物自体は当時のもので、丁寧に管理されて70年以上経ったいまでも残っている。
古き良き銭湯の風情が感じられるのは脱衣所。格子状の天井は「格天井(ごうてんじょう)」といわれる造り。縦横にスッと伸びた格子と、壁際の滑らかな胸腺の対比が美しい。おかま型のドライヤーもノスタルジーを喚起する。
浴室に入ると大きな富士山のペンキ絵。
男湯と女湯でそれぞれにペンキ絵が描かれる銭湯も多いが、こちらは男女をまたぐように1座の富士山が裾野を広げているので圧巻。
浴室は、先代にあたる2代目店主の時代にリニューアルされたものだそうで、複数のジェットバスや座風呂など、様々なスタイルでの入浴ができるようになっていて楽しい。
なかでも2代目の肝いりで導入されたのが歩行浴。90cmの深さがあり中を歩けるようになっている。底には、丸石が埋め込まれており足の裏が刺激されて気持ちがいい。
ぬるめに設定されていることもあって、子供も楽しんで入浴する姿がよく見られる。
最近でこそ増えて来たが、かつては銭湯にサウナがついているのは貴重だった。
こちらのサウナが特徴的なのが、ストーブの位置。
なんと、頭上に設置されている。当代店主は「私も他の施設でこんなストーブは見たことありません。パン焼き器みたいですよね」と笑う。
温度設定は87度ほどで優しめだが、一度汗が出始めると止まらなくなるのが特徴なんだとか。
歴史ある銭湯を受け継ぐ3代目
そうしてサウナの紹介をしてくれたのは3代目店主の新保卓也さん。初代のつくった建物で、2代目が内湯を大きく改装して当時のニーズにフィットさせた。
そして現代、新保さんは「変わらずいることが、銭湯の良さだとは思います。その中で、需要に合わせながらゆっくり変化して行くことが大事だと思っています」と語る。
各家庭にお風呂ができ、銭湯の需要が急降下して苦しんだ時期があった。
さらに、スカイツリーの開業で集客を見込んでいたが「逆に、都市開発によって常連さんが立ち退きにあってお客さんが減ったんです。そこを経営努力でなんとか耐えている状況でしたね」と新保さん。
苦しい時代を経て、新保さんは『大黒湯』をどのようにアップデートしていったのか。
新保さんが『大黒湯』を引き継いで、新たに作ったのが露天風呂。
「忙しい現代、ホッとできる場所を作りたくて。東京だと空を見上げてゆっくりお風呂に入れる機会は少ないので、露天風呂をつくりました」と新保さん。
15時に開店して、23区で唯一のオールナイト営業で翌朝10時に閉店する。昼・夕方・夜・朝と様々な空を楽しめるのも魅力だ。
サウナー絶賛のウッドデッキ
露天風呂から階段を上った先にあるウッドデッキも、新保さんが新設した。
「ずっとスマホとともに生活している中で、たまには電子機器から離れてゆっくりしてもらいたくて」というこだわりの通り、多種多様な椅子が並びボーッとした時間が過ごせるようになっている。
スマホやPCにへばりつき、寄せては返す情報に埋もれる生活で、そこから離れるデジタルデトックスはリラックス効果抜群だ。
ウッドデッキで休みながら見上げると、東京の銭湯、否、この場所ならではの景色が広がる。
スカイツリーと煙突が、空に輪郭をつけるようにスッと伸びているのだ。
こちらができた2016年当時は「『ここ裸で上がっていいんですか?』とおっしゃるお客様も多かったですよ」と、戸惑う人もいたと新保さん。
それが今では、サウナブームで外気浴の認知度が増したこともあって、『大黒湯』の強烈な魅了として知られている。
こうした評判も、「銭湯は、自分たちが努力したことへの反応がすぐに返ってくることが、やりがいになりますね」と、新保さんの耳に届いている。
初代が作った建物に、2代目が改装した内湯、そして当代が作った露天風呂やウッドデッキなど、歴史が地層のように重なる『大黒湯』の魅力を肌で感じに出かけて見てはいかがだろう。
取材・文・撮影=Mr.tsubaking