グッモー!井上順です。

――再開発のため、東急百貨店本店が2023年1月31日をもって営業を終了。

このニュースを知ったときは本当に驚いた。

「困るな」っていうのが正直な気持ち。

渋谷に暮らす僕にとって、東急本店は「生活の一部」といってもいいくらいの大事な場所だから。

お惣菜売り場、「銀座若菜」のぬか漬けは絶品だった

百貨店だから、もちろん身にまとうものなんかも買うけれど、毎日のように利用するのは地下1階のお惣菜売り場。幅広いジャンルのお惣菜を少しずつ買えるのが、ひとり暮らしの僕には何よりありがたい。

特に「銀座若菜」のぬか漬けは絶品だ。普段の食事は「ご飯にお新香」が僕にとって一番のごちそう。家にぬか床がなくても、ここに来ればおいしいぬか漬けが手に入るのだからそりゃ助かる。

子どものころ、兄と姉は甘いおやつの取り合いでよくけんかをしていたが、僕が好きなおやつといえば、キュウリに味噌、トマトに塩、ナス漬けにご飯。これが定番だった。祖母には「変わった子だねえ」と言われていたが、今でもお新香が好きなのは変わらないね。

それから、コーヒー豆を買っている「キャピタルコーヒー」。ここでいつも決まったブレンドで豆を挽いてもらっている。僕は1日に7~8杯はコーヒーを飲むから、コーヒー豆は生活必需品といってもいいくらいだと思う。

母のお気に入りの花を買う、「青山フラワーマーケット」

同じく東急本店地下1階の「青山フラワーマーケット」もよく利用させてもらった。

ここで定期的に買っていたのは母の写真に供えるお花。

亡くなった母は花が好きで、特に白いユリがお気に入りだった。

いつも明るくお茶目だった母。ある日、「今日は映画観てきたんだけど、主演の女優が私に似ていて困っちゃったわ」なんて冗談を言っていたことを思い出す。女優って誰のことかと思ったら、『カサブランカ』という映画のイングリッド・バーグマン。しかも、「私が似てるんじゃなくて、向こうが私に似てるのよ」だって。面白いこと言うでしょう?

「青山フラワーマーケット」にて。贈る相手のことを考えながら花を選ぶ時間が楽しい。
「青山フラワーマーケット」にて。贈る相手のことを考えながら花を選ぶ時間が楽しい。

そんな思い出もあって、母の写真の前にはユリ科の花、カサブランカをよく飾っている。いつも絶やさないように、しおれる前にまた買いに行く。

花屋さんに頼んで配達してもらったほうが楽なのだろうけど、それはちょっと違う気がしているのだ。花屋に行き、店員さんに頼んで包んでもらったカサブランカを抱えて、母のことをあれこれ考えながら家に帰る。そんな時間を大事にしている。

いつも笑顔、お茶目で楽しい母だった。日本のイングリッド・バーグマン!?(撮影:井上順)。
いつも笑顔、お茶目で楽しい母だった。日本のイングリッド・バーグマン!?(撮影:井上順)。

足しげく通った『MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店』

そして東急本店には大事な場所がもうひとつある。7階の『MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店』。ここは、本好きな僕にとっては「宮殿」みたいな存在だからね。ずらりと並んだたくさんの本、壮観で尊いでしょう?

好きな本のジャンルはミステリー。巨匠といわれる作家の本も読むし、若い作家の本を読んで新しい風を感じるのも好き。好きな作家の新刊が出たら、いてもたってもいられず、すぐ買いに行っちゃう。

実は二十代の頃からミステリー小説を読み漁っていたのだが、そのあと女性関係のほうが忙しくなっちゃって(笑)、ちょっと離れた時期もあった。また熱心に読むようになったのは六十代になってから。「自分の時間」の作り方が上手になってきたんだと思う。

読書は寝る前に、目がしょぼしょぼする寸前くらいまで。夢中になってストーリーを追いかけて、犯人は誰だろう?どういう結末になるんだろう?と考える、楽しい時間を過ごしている。そして僕の推理はけっこう当たる。

ミステリーを読んでいるおかげで、自分が出演するドラマの台本を読んでいても、ストーリーを先読みして想像を膨らませるようになった。それによって演じ方をあれこれ考えたりもできるから、仕事にも大いに役立っているんじゃないかな。

書店は出会いの場所

書店といえば、渋谷には以前、東急文化会館の三省堂書店とか、東急プラザの紀伊國屋書店、文化村通りのブックファースト、パルコのパルコブックセンターなど、大型書店がたくさんあった。でも、時代の流れなのかなあ、みんな閉店してしまった。

このMARUZEN&ジュンク堂書店まで閉店したら、僕はどこで本を買えばいいんだろう?

本はインターネットで買う時代なのかもしれないけれど、あまり気が進まない。僕は本好きであると同時に書店という場所も好きなんだと思う。本とも出会えるし、本の知識が豊富な店員さんとも出会える。

MARUZEN&ジュンク堂書店では、僕が勝手に「ブックコンシェルジュ」に任命していた店員、勝間君との出会いもあった。本を選ぶときにいろいろ相談しているうちに親しくなって、僕の好きそうな新刊が出ると用意して待っていてくれるんだから。嬉しいよね。

出会いといえば、脚本家の三谷幸喜さんと書店で偶然会うことがたびたびあった。しかし、たまたま会った三谷さんから、「ちょうどよかった。いま織田有楽斎の役を誰にしようかと探していたんですよ」と、NHKの大河ドラマ『真田丸』の出演を打診されたときは驚いたなあ。

あっ、僕の著書も置いてある!
あっ、僕の著書も置いてある!

そんなわけで、衣食住すべてにおいて頼ってきた東急本店がなくなってしまうのは本当に困るし、寂しい。あっ、住んではいないか……。

いや、それくらい僕の生活に欠かせない存在ってことだ。

お世話になりすぎて、3キューでは足りない。10キューでは? はい、東急ベリーマッチ!

撮影=阿部了 構成=丹治亮子