明治22年創業。130年以上地元で愛されるパン屋さん

『明治堂』が王子の地でスタートしたのは1889(明治22)年のこと。初代は『銀座木村屋』で修行後、独立して地元の王子で開業。『明治堂』と名付けた。

現在、店を経営するのは4代目の中山和弘(なかやまかずひろ)さん。「父の代までは、パンだけではなくて、お弁当や週刊誌、競馬新聞、進物の羊羹やお煎餅なんかもを売っていました。パンだけではやっていけなかったのです」。

パンを焼く傍でさまざまな商品を売っていた『明治堂』が、今のようにいろんな種類のパンを焼くようになったのはどんな道のりがあったのだろうか。

社長である中山さんは、スタッフの皆さんから「ボス」と呼ばれている。「会社勤めをしていたとき、上司がボスを呼ばれていました。それに憧れていたんですよ」。

中山さんは大学卒業後、当時の印象的なCMのキャッチコピーに憧れて広告業界へ。ご本人によれば「自分には才能がないということがわかって」、20代半ばで『明治堂』の4代目としてパン屋さんの店主兼職人の道を歩むことになった。

中山さんが家業を継いだころ、店舗は木造2階建てだった。ビルに建て替えられたのは、1990年代半ばのこと。同じころ『明治堂』としてのコーポレートアイデンティティを決めようと、デザイナーに依頼。会社のシンボルカラーを赤、補助のカラーを青と決まった。お店のデザインはもちろん、スタッフの制服やホームページにも、赤と青が効果的に使われている。

ビルの2階はカフェ。中山さんの妻が作るケーキも食べられる。
ビルの2階はカフェ。中山さんの妻が作るケーキも食べられる。

イタリアのフォカッチャにウィーン風のヴィエノワ。世界につながるパンも豊富

惣菜系サンドイッチもいろいろ。「コロッケサンドを出したのは早い方だったと思います」と中山さん。
惣菜系サンドイッチもいろいろ。「コロッケサンドを出したのは早い方だったと思います」と中山さん。

中山さんは夫婦でお店を切り盛りしてきた。2人とも食べることが大好きだというグルメな夫妻は、出かけた先で食べたおいしいものをパンにも取り入れようと商品を開発した。

「私も家内も食べることが大好き。外国にも出かけて食べた料理をこれはおいしいパンに取り入れられたいと考えるのが常でした。それでどんどんパンの種類が増えました」。

タンドリーチキンのフォカッチャ340円。他にもフォカッチャシリーズは、しらす、じゃがベーコンなど色々。
タンドリーチキンのフォカッチャ340円。他にもフォカッチャシリーズは、しらす、じゃがベーコンなど色々。

2人で考えてロングセラーになっているパンのひとつが、フォカッチャ。イタリアの平たいパンの名前だ。

「初めはフォカッチャという存在を知らないまま、パンを平らにしてドライトマトやオリーブをのせてみました。しばらくして、このパンはイタリアのフォカッチャじゃないか、と」。

今では、マルゲリータ、タンドールチキン、グリーンカレーなど10種類以上のフォカッチャが販売されている。特に2階にあるカフェのキッチンで作っているグリーンカレーは自慢の味のひとつだとか。

ピスタチオのヴィエノワ260円。ソフトでリッチな食感の生地にフィリングがしっかり。ラムレーズンも人気。
ピスタチオのヴィエノワ260円。ソフトでリッチな食感の生地にフィリングがしっかり。ラムレーズンも人気。

そして“ウィーンの”という意味のヴィエノワも人気のシリーズ。「バターロールよりも、もう少しリッチな生地を細長くして焼いて、切れ目を入れてピスタチオのクリームやあんこを挟んでいます」。風味豊かなピスタチオのクリームとふんわりした生地のコンビネーションは、食べやすくて人気の商品だ。

蜂の巣クロワッサン400円。
蜂の巣クロワッサン400円。

蜂の巣クロワッサンは、テレビでパン職人が技を競い合う番組にその当時のパン職人が出演して準優勝したときに開発したもの。外側パリパリ、中はざくっとした食感で食べ応えのあるクロワッサンにはハンガリー産コムハニーが練り込まれている。トッピングのくるみもはちみつ漬け。

哲学サンド400円。コロッケはミンチ入りで、1つ食べればお腹いっぱいに。
哲学サンド400円。コロッケはミンチ入りで、1つ食べればお腹いっぱいに。

そのボリュームにおののくのが哲学サンド。大きいだけでなく、密度が高くて食べ応えのあるコッペパンに、しっかり大きさのあるお肉屋さんコロッケが2つ、そして千切りキャベツ。気になるネーミングは、どこから食べるのがいいか考えてしまう迫力の大きさから名付けられた。

他にもソーセージを芯にした細長いパンにロングバケーションという名前をつけるなど、遊び心がある商品名に思わずクスっとしてしまう。

朝6時半から夜19時まで営業。流行も取り入れながら王子の1日に寄り添う

王子の地で『明治堂』が愛されるのは、夕方近くにも焼きたてのパンが並ぶことも理由のひとつだろう。

「今は夜7時が閉店時間ですが、それ以前は9時まで開けていました。王子は交通の便がいい住宅街ですから、遅くまで働いてらっしゃる方もたくさんいます。だから8時でも9時でもパンを買いに来てくださる方がいました。営業時間を短くしたのは、コロナがきっかけで、働き方改革もあります。少し寂しいですね」と中山さん。

4代目の“ボス”中山和弘さん。
4代目の“ボス”中山和弘さん。

中山さんが家業を継いだころは、両親、中山さん夫妻に職人さんがもう1人という職場だったが、40年以上経った現在はパート社員も合わせると20人以上となかなかの大所帯。おいしいものが好きなスタッフばかりで、新しいパンのアイデアもたくさん生まれてきた。地元王子のパン屋さんとして着実に地元の人たちの支持を得てきた結果なのだろう。ここまで来るのにどんなことを心掛けてきたのだろうか。

「パンは嗜好品のようなところがありますよね。日本人にとってベースの主食はお米ですからね。だから、なおさら、やっぱり時流にあったもの、目新しいものも取り入れて、同じものだけでやっていては競争にも勝てないと思います。そのためにはおいしいパンを作りたいというパンに対する情熱が続くことがなにより大事でしょうね」。

ただし、長年王子の街を見てきた中山さんから見ると「王子は六本木や銀座のような最先端より半歩遅いぐらいで、新しいものが注目されます」とのこと。

王子の地で、130年以上。さらに『明治堂』は息子さんが5代目として継ぐことが決まっている。街に根ざしたパン屋さんとして、これからも地元の人たちの食に少し新しい風を送り込んでくれるはずだ。

住所:東京都北区王子1-14-8 明治堂ビル1F/営業時間:6:30~19:00/定休日:日/アクセス:JR京浜東北線・地下鉄南北線王子駅から徒歩4分

取材・撮影・文=野崎さおり