ジョギングコースは犬くそ看板頻出スポット
坂田恭造さんは、犬のフン放置を禁止する看板を「犬くそ看板」と名付け、観察や撮影を続けている。犬くそ看板との出会いは小学生時代だった。
「小学生時代に、兄が友だちから『VOW』(※『月刊宝島』の読者投稿コーナー)の単行本を借りてきたことがありました。その中に、街角のおもしろ看板として、犬のフンの片付けを促す看板の写真投稿があったんです。今思い返すと、それが犬くそ看板との最初の出会いでした。
高校時代にデジカメを買って以来、街中のVOW物件を写真に撮るようになったんですが、特に犬くそ看板に着目するようになったのは、2013年頃。ジョギングを趣味として始めたんですが、ジョギングに適したコースは、犬の散歩コースと重なる部分が多いんです。犬くそ看板も自ずと目につくようになり、意識して写真を撮るようになりました」
「よし、走るぞ」と決めた日は30〜40キロ走ることもあるという坂田さん。これまで撮影した犬くそ看板は、約4300枚にも及ぶ。
「説得」から「怨念」まで……看板ににじみ出る設置者の感情
犬くそ看板は、公園や道路といったパブリックな場所や、軒先や庭などのプライベートな場所など様々な場所に設置される。また看板のトーンも、犬のフン放置に激怒しているものから冷静に対処しようと試みているものまで、振り幅がある。
坂田さんは、これまで観察した犬くそ看板を、「設置場所」「感情」という2つの軸で4つのタイプに分類している。
①説得グループ
最もよく見られるのが、まず飼い主を説得して問題解決を図ろうとする「説得グループ」だ。設置場所は庭や玄関など、比較的プライベートな場所が多い。犬のフンに困った住人が市町村の環境衛生課などに相談して配布された看板や、市販の看板などが見受けられる。
②規制グループ
①と同様に冷静な対処を試みているものの、公園や散歩道の利用者に広く呼びかけているタイプが「規制グループ」だ。法律の条文を引用したり、他の注意事項とまとめて書かれていることが多い。
③義憤グループ
一方、やや怒りが見られるのが「義憤グループ」だ。犬のフン問題を認識した自治会や町内会が、公共の場所に設置する看板。飼い主側にも配慮し、角が立たないよう地域の子供たちにイラストを描かせたり、条文だけを羅列したりして、怒りをオブラートに包みつつ公共の場所にふさわしい体裁や内容に整える。
④怨念グループ
怒りに任せて書いてしまった看板が「怨念グループ」だ。チラシの裏にマジックで手書きして貼り付けたものなど、看板の様子からも怒りが伝わってくる。
より人間味がにじみ出ているタイプだ。
看板の設置状況を味わう
坂田さんは犬くそ看板鑑賞の際、看板だけでなく周辺状況も合わせて記録するようにしている。
「看板自体はさることながら、設置した側や設置されてしまった側の気持ちを汲んで、設置された背景を知りたいと思っているんです。看板そのものと、看板を含む周囲の状況を両方撮るようにしています」
周囲の状況とセットで見てみると、看板の設置者側の思いや人間臭さ、設置に至った事情といった様々なことがわかってくる。
「写真は2009年に撮影したものです。電柱に貼り付けてある犬くそ看板自体は『犬のフンを片付けてください』といった程度の内容で、そこまで感情が表に出てはいないんですが、周囲に大量に置かれたペットボトルに、冷静ならざる部分を感じてしまいます。看板そのものではなく、その背景まで見てみるとおもしろいのではないかと思ったきっかけでもありますね」
「写真の犬くそ看板は、京都刑務所の塀の外側に設置されたものです。刑務所周辺は静かな住宅地で、塀のすぐ横は犬の散歩に適した道なんです。そういう場所だからこそ犬くそ看板が設置されるんだな、と想像しやすい1枚です。
看板自体もほかでは見たことがないデザインなので、おそらく地域の方が独自に作ったものではないかと思います」
「写真の犬くそ看板は、名古屋の近くで見かけました。おそらく本来は、女の子がおばあちゃんと手をつないで歩いているイラストに『交通安全を守ろう』といった標語が添えられていたと思うんです。
それが、標語のバリエーションを増やしたことで、同じイラストのまま『犬の糞は飼い主が持ち帰ろう』という標語が入れられた。結果的におばあちゃんが小さい女の子に飼われているような、少しホラーな看板になってしまいました。
ただ、企業広告とセットで街のあらゆるトラブルを解決しようという、一つのものに様々な付加価値をつける合理的な考え方に、愛知県民らしい地域性を感じてしまいました」
1枚の看板が設置されるに至る物語
なお坂田さんご自身も、車を停めた駐車場で、放置された犬のフンを踏んでしまったことがあるそう。
「自分が当事者になってようやく、本当に解決しなければ困る問題なんだなと、看板が言わんとしていることの気持ちの部分まで理解できました。
ただ、駐車場のような危険な場所にわざわざ犬を散歩に連れて行くのはあまり考えづらいので、おそらくワンちゃんが行きたがるのでは、と思うんです。『ワンちゃんが行きたい場所』という視点を加えると、新しい発見が見えてくるかもしれません」
犬くそ看板は、看板に描かれたどこかとぼけた顔の犬もまた味わい深い。しかし、飼い主が特定されないよう、あえて犬種を曖昧にした看板も多いという。設置する側にも配慮があるのだ。
「犬くそ看板の見どころの一つは、設置した人の困っている気持ちが伝わってくることですが、同時に、飼い主側の事情にもつい寄り添ってしまいます。
私自身は犬を飼ったことがないのですが、犬を飼っている方にお話を伺うと、どんなにしつけようとしても、なかなか人間みたいに決まった場所で用を足すのは難しいし、犬の体調によって排泄物の片付けが難しい場合もあるそうです。飼い主自身も、地域の方たちに迷惑をかけまいと普段から色々苦労されているんだなと知って、単に悪い飼い主ばかりではないのではないか、とも考えるようになりました。
両方の事情が汲めるようになると、1枚の看板の背後にドラマを感じられます。そうやって、少しずつ自分に対しての学びが生まれるところも、また魅力ですね」
坂田さんは、犬のフン放置という問題の背景に、少しでも思いを寄せてもらえるよう発信を続けていきたいという。
「路上観察全般に言えることですが、なにかを観察・収集する場合、自分自身も含めて『このアイテムを何枚持っていたら偉い』みたいなメンタリティになりがちだと思うんです。ただ犬くそ看板の場合、もともと設置される経緯があまり歓迎されない理由なので、看板のレアリティに過度に注目してしまうと、誰も幸せになりません。
看板そのものよりは、設置された背景に思いを寄せてもらえると、より鑑賞を楽しめるのではないかと思います」
どんな街でも目にする犬くそ看板。1枚の看板が設置されるに至るには、白黒つけがたい人間ドラマが広がっているのだ。
取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべて坂田恭造さん提供