前身は小岩の人気店「麺屋 寿」。コロナ禍で海外進出が白紙になり新橋へ

2021年6月にオープンした『麺屋 周郷』。前身は小岩にあった「麺屋 寿」だ。「小岩の頃の常連さんは、ここにも誰かしらが毎日来てくれるぐらい、本当にいまでも仲良くさせてもらってます」と話すのは店主の周郷寿克さん。

周郷さんが「麺屋 寿」を閉業したのは2020年4月。客足の絶えない人気店を閉める決意をしたのには理由があった。「知り合いから声をかけられ、海外で店を出すチャンスをもらったんです」。当時アメリカ、カナダはラーメンが大ブーム。「寿」を営業しつつ、物件探しのために2年ほどの間に何度も渡航した。

店主の周郷寿克さん。千葉県出身で高校までは剣道に明け暮れていたそう。
店主の周郷寿克さん。千葉県出身で高校までは剣道に明け暮れていたそう。

カナダのバンクーバーに出店することを決めた周郷さん。自ら現地に出向いて店を切り盛りするため、小岩の店を半年後に引き払うことを大家さんに告げて間もなく、コロナで世界が一変した。現地に滞在していた周郷さんも、泣く泣く帰国することに。「タイミングが最悪でしたね。チャレンジして失敗したわけじゃなく、チャレンジできていないわけですから。小岩の店を閉めただけになっちゃった」。

18歳で調理の世界に入った周郷さん。スタートは和食だったそう。「専門学校などに行かず、現場で仕事を覚えていったので、座学をしていないんですよ。なので、一度きちんと勉強しておこうと思って」。都内で新たに店を出す場所を探しながら、和食の勉強をし直すことにした。

日本料理店の趣の外観。券売機の横の窓から厨房が見える。
日本料理店の趣の外観。券売機の横の窓から厨房が見える。

辻調理師専門学校の通信講座で1年間学んだことで、料理の腕にさらに磨きがかかった。そして新橋に『麺屋 周郷』をオープン。「僕は料理ってやっぱり和食が一番だと思ってるんですよ。新しい店は日本食の割烹をコンセプトにした店にしたかった。『周郷』のつけ麺は和食をモチーフに作っています」。

具のひとつひとつにまで徹底的にこだわりたいから、メニューはつけ麺1本で勝負する

「寿」ではラーメン、つけ麵、チャーハンや餃子まで多彩なメニューを揃えていたが、「スープからトッピングまで徹底的にこだわりたいので、いくつものメニューを手がけるのはやめたんです」と『周郷』ではメニューをつけ麺1本に絞った。

メニューはつけ麺とトッピングのバリエーションがあるのみ。
メニューはつけ麺とトッピングのバリエーションがあるのみ。

「トッピングひとつひとつすべてにこだわりがある」とうかがったので、注文はトッピング全部のせの特製つけ麺1300円に決定。

特製つけ麺1300円。麺の量は同価格で小150g、中200g、大250gから選べる。写真は中200g。
特製つけ麺1300円。麺の量は同価格で小150g、中200g、大250gから選べる。写真は中200g。

「まずは何もつけずに麺だけ食べてみてください」と周郷さん。

「麺は長いと食べづらいから、短めにしています」とのこと。短いときれいに盛り付けるのが大変なんだそうだが、「短いほうがおいしく食べられるから」と手間を惜しまない。
「麺は長いと食べづらいから、短めにしています」とのこと。短いときれいに盛り付けるのが大変なんだそうだが、「短いほうがおいしく食べられるから」と手間を惜しまない。

麺は福岡県産小麦100%の中太麺で、「寿」の頃から懇意にしているという菅野製麵所といっしょに試作を重ねて作り上げた特注品。「つきあいが長いから、僕が感じたことをちょっと伝えるだけでわかってくれる。『周郷さんが言ってる感じだと、この小麦粉ですね』といったやりとりでどんどん理想に近づいていって、できあがった麺です」。

うわっ、箸で口元に持ってくるだけで小麦の香りをふわっと感じる! そして、するんっとした喉越し。この香りと喉越しをもう一度味わいたくて、なにも付けないままもうひと口食べてしまった。

スープには赤玉ねぎ、芽ネギ、ゆず。彩りが美しく、ビジュアルに和食のセンスが垣間見える。
スープには赤玉ねぎ、芽ネギ、ゆず。彩りが美しく、ビジュアルに和食のセンスが垣間見える。

このまま麺だけで食べ進めそうになるところを自制し、スープの丼を引き寄せる。まずレンゲでひと口。「……え、なに!?」と、わけのわからない言葉を発してしまった。口に入れた瞬間においしい! 濃厚でクリーミーな舌触りと甘み。そしてあとから追ってくる魚介の旨味。しばし目を閉じて口の中の余韻を楽しむ。

麺をスープにつけると、とろりとしたスープにストレート麺がいい感じに絡む。そして小麦の香りと魚介の香りがお互いを引き立てる。また目を閉じる。あ~、幸せ。

濃厚スープが麺にしっかり絡む。この絡み加減が絶妙なのだ。
濃厚スープが麺にしっかり絡む。この絡み加減が絶妙なのだ。

もうここまでで大満足してしまったが、まだまだここから。目の前のお皿にはこだわりのトッピングたちが盛られているのだ。

別皿に盛られたチャーシューとメンマ。チャーシューは醤油ダレに漬け込んだトロトロ食感のバラ焼豚、女性に一番人気のしっとり鶏チャーシュー、時間をかけて冷燻した風味豊かな肩ロースの3種類。
別皿に盛られたチャーシューとメンマ。チャーシューは醤油ダレに漬け込んだトロトロ食感のバラ焼豚、女性に一番人気のしっとり鶏チャーシュー、時間をかけて冷燻した風味豊かな肩ロースの3種類。

つけ麺のトッピングって、先にスープにつけるのか、おかずのように食べるのか、いつも迷うので周郷さんに聞いてみた。すると、「すべてそのまま食べる前提で作っています。そのまま食べておいしいが基本です」とのこと。

自家製メンマは2種類。手前はタケノコの姫皮の部分を白だしで味付けした筍ゆば。すっきりした味わいで箸休めにちょうどいい。オーソドックスなメンマもとても上品な味付け。
自家製メンマは2種類。手前はタケノコの姫皮の部分を白だしで味付けした筍ゆば。すっきりした味わいで箸休めにちょうどいい。オーソドックスなメンマもとても上品な味付け。
チャーシューと海苔は盛り付けの直前に炙って香りをたたせる。海苔は房総の海苔業者と直接取引するこれまたこだわりの品。
チャーシューと海苔は盛り付けの直前に炙って香りをたたせる。海苔は房総の海苔業者と直接取引するこれまたこだわりの品。
煮玉子は黄身がとろけださない程度の絶妙な固さに仕上げている。「黄身が流れ出ると麺の味が変わっちゃうから」と周郷さん。
煮玉子は黄身がとろけださない程度の絶妙な固さに仕上げている。「黄身が流れ出ると麺の味が変わっちゃうから」と周郷さん。

「そのまま食べておいしい」って聞いたけど、本当にそれぞれが全部おいしいから、さらにスープにつけたらどうなんだろう……? って、ついやってみたくなる。

「もちろん、具材をスープにつけて食べてもらっても、麺と黄身を絡めてもらっても、自由に食べてもらっていいんですよ。味の変化も楽しんでください」と周郷さんは笑顔で言ってくれた。

「そのまま食べておいしい」のだけど、この食べ方もグー! お好みでいろいろ楽しめる。
「そのまま食べておいしい」のだけど、この食べ方もグー! お好みでいろいろ楽しめる。

もう本当にいろんなおいしいを満喫させていただきましたー! と幸せの余韻に浸っていると、「うちはスープ割りに特徴があるんです。スープ割りでシメるまでが1セットです」と周郷さん。

そして出された“特製の〆”。つけ麺のお店はどこでも、残ったスープに出汁を注いでスープ割りにしてくれるが、『周郷』のスープ割りには具が付くのだ。

“特製の〆”の具。具は日替わりで、この日は赤玉ねぎ、チャーシューの切り落とし、ゆかりご飯。
“特製の〆”の具。具は日替わりで、この日は赤玉ねぎ、チャーシューの切り落とし、ゆかりご飯。
スープ割りに具を全部投入。仕上げにさらさらっとご飯が食べられるのってうれしい!
スープ割りに具を全部投入。仕上げにさらさらっとご飯が食べられるのってうれしい!
きれいに完食。“特製の〆”までが1セット。
きれいに完食。“特製の〆”までが1セット。

完食。〆まで出されたら間違いなくスープも全部飲みほしてしまう。ごちそうさまでした!

日々ブラッシュアップして進化を重ねる

「一番のこだわりは、やっぱりスープですね」と周郷さんは語る。「材料は豚、鳥、魚介です。大きな圧力寸胴で炊いています。これを使うことで、すごく濃厚になって、雑味がなくなるんです」。

濃厚なスープを作るには必須と思われる背脂や腹脂は一切使っていないそう。「豚も鳥も骨ごと圧力寸胴で炊いて骨まで溶かしきることでドロドロになっているんです。脂を使っていないから、濃厚なのにすごくヘルシーです」。

厨房にドーンと鎮座する巨大な圧力寸胴。約1.6気圧、136度で炊き上げる。
厨房にドーンと鎮座する巨大な圧力寸胴。約1.6気圧、136度で炊き上げる。

かえしに使う醤油は、周郷さんが幼少期を過ごした秋田で周郷さんの母親が好んで使っていたという秋田県産の醤油。「今日は木桶醤油で有名な奈良の片上醤油さんの天然醸造醤油もブレンドしています」。

いいと思ったものはすぐに取り入れ、日々ブラッシュアップして味の進化をはかっているという。「かえしの醤油もそうですけど、出汁に使う魚介の産地とか、出汁の割合とか、思いついたらすぐに変えてます。チャーシューやメンマの味付けも変えていってますよ」。

 

つけ麺もトッピングもすべて本当においしくて、完成されたもののように思えたが、「まだまだ進化できる」と周郷さんは考える。
つけ麺もトッピングもすべて本当においしくて、完成されたもののように思えたが、「まだまだ進化できる」と周郷さんは考える。

休みの日はつけ麺屋を食べ歩いているという周郷さん。「仕事が趣味」と笑う。「この店はなんでこんなに評価が高いんだろうとか、自分だったらこうするかな、とか。いろんな目線でほかの店を見れば自分の店の経営にも料理にも活かせる」。

周郷さんは「努力するのが好き」とも話す。「ここまでやったんだから勝てる、みたいなところは正直あると思います」。話す言葉ひとつひとつに自信がみなぎっている。

店内も和風の造り。座席はカウンターに5席のみ。
店内も和風の造り。座席はカウンターに5席のみ。

「これからも味のブラッシュアップは続けます」と周郷さん。今日いただいたつけ麺がおいしすぎて、正直、これ以上どこをおいしくできるんだろうと筆者は思っていたりするのだが、食べに来るたびに進化しているところを見つけ出すのも楽しそう。この次もさらなるおいしさに感動できることを期待して、また並びに来ます!

取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)