店名にも「担々麺」。こだわりの専門店は中野ブロードウェイの入り口そば
中野駅からアーケード商店街を通り、中野ブロードウェイの入り口まで歩く。ここで右に曲がると、そこは小さな飲食店がずらりと軒を連ねる飲み屋街だ。雑多においしそうな匂いが流れる中、ひときわ目立つたくさんの提灯。そこには「担々麺」の文字が踊っていた。
中国四川省で生まれた担々麺。汁はないのが本場式だ。花椒、ラー油をきかせたタレと豚ひき肉のそぼろ、ザーサイを麺と混ぜて食べる。一般的に知られる芝麻醤(チーマージャン)を入れたたっぷりのスープに麺を入れた担々麺は、四川省出身の料理人・陳建民氏が日本人向けに作ったのが始まりだそう。さすが専門店、この店では汁あり、汁なしの両方を提供しているが、看板メニューは汁ありの担々麺。豚肉のチャーシュー、鶏チャーシュー、豚揚げ肉などトッピングによって違うメニューになっているが、ベースは共通だ。
辛さのセレクトとライスをつけるか。しばし悩む
席について一番ノーマルな担々麺を注文。すると「辛さはどうしますか?」。そう、4段階から辛さを選ばなければならない。筆者は辛いものがすごく苦手ではないけどそれほど得意でもない。うーむ困った。そこで店長の吉澤さんに、ご自身はどの辛さが好きですか?と聞くと、ちょっと考えてから「俺は大辛だね〜」との答え。わかりました、じゃ、大辛で!
すると今度は「ライス無料ですけどつけますか?」。あー、辛いスープだしライスは欲しいかも。お願いします!
パンチのある辛さとしびれ!芝麻醤と干しエビの風味が本格派の味
麺を茹でるのにかかるのは1分15秒。白いしゃれた器に真っ赤なスープ、青い小松菜が美しい。胡麻とスパイシーないい香りの中にふんわり海老の風味が漂う。これはそそられる!
スープを飲むと、ガツッとした唐辛子の辛さとビリビリっとした山椒のしびれに圧倒された。辛さのもとは、味わいの違う3種類の唐辛子で作る自家製のラー油と辛さに合わせた唐辛子の粉だ。濃厚な干しエビやクリーミーな芝麻醤の風味によって、スパイシーなだけではない豊かな風味を感じる。
ほぼストレートな細麺は、パツッとした切れのいい歯ごたえ。原料にライ麦の全粒粉を使っているので、さらりとした口当たりだ。太さも絶妙で、スープと豚ひき肉がしっかりと絡むのでバランスよく食べられる。
あー、もう口の中が辛い!ご飯!というわけで、担々麺を食べ、ご飯を食べ、を繰り返す。もちろん、レンゲにのせたご飯をスープにひたひた。これもいい。王道感漂う食べ方です。時々ザーサイのコリッとした歯ごたえがアクセントになって麺もご飯もますます進んでしまう。
このままでもぜんぜんおいしいけど、やっぱり味変も試してみたい
「青山椒も入れてみて。これもおいしいよ」と吉澤さん。このままで十分おいしいんだけど、そういわれると試してみたくなるもの。少しだけかけてみると、すうっと鼻を抜けるさわやかな風味。ビリビリするのではなく、青い風が吹き抜けたみたいな……。コレ、本当にいい。ますます食が進んでしまう。
レンゲで底の方からすくうと、沈んでいたみじん切りの柚子やさまざまなスパイスが出てきた。下から混ぜると、とろりとしたスープがさらに重厚な味わいに。どことなく薬膳料理を思い出す。
麺の量は茹でる前で130g。ご飯までおいしく食べられるちょうどいい量だと思う。そして最初はちょっと辛かったかなと思ったのだけれど、それを上回るクセになる旨味。気づいたらあっという間に食べ終えていた。水を飲みながら「もっと辛くてもよかったかも?」なんて食べる前は思っても見なかった。そしてこんなに汗をかくとも思ってなかった。
食材も手間暇も。毎日食べられる味へのこだわり
ラー油や芝麻醤がすぐに感じる部分の味なら、じっくりゆっくり感じられる味の土台は清湯スープだ。スープの味は料理の出来を大きく左右する。この店では、京鴨のモモ肉とガラ、鶏のガラ、豚骨、野菜、ニンニク、ショウガを入れて6時間炊いて作る。肉付きの京鴨?材料費がずいぶん高そうな……。と聞くと、「こんな材料使ってるところは高級料亭とうちぐらいだよ!」ですよね。「でもおいしいから」。たしかに。だからこそ、納得のおいしさなのだ。
トッピングする干しエビはシャーミー。主に出汁を取るのに使われる、中華料理では欠かせない食材だ。この店では、シャーミーをフライパンで炒って細かく砕き、桜エビと合わせて使っている。2種のエビが混じり合うことで、さらに複雑で深い味わいになるのだ。
ラー油が自家製であることは前記のとおりだが、芝麻醤、タレ、青山椒のオイル……と、とにかく手間と時間をかけてじっくりと作った調味料ばかり。味へのこだわりを感じると同時に、「体のためには余計なものを入れない」という強い意思も感じる。
もともと全粒粉で作った麺を使っていたが、数年前に、ライ麦の全粒粉で作る麺に変更した。さらにカロリーが低く、繊維質が多い上にビタミンが多いため、よりヘルシーだからというのが理由だそう。
そういえば、ラー油も肉もたっぷりでかなり満腹だったのだけど、胃がもたれることはまったくなかった。むしろお腹いっぱいなのに、軽さがあるようにも感じた。
「自分で考えて、試して、もっとおいしいものを作る。その繰り返しです」と吉澤さんは話す。1997年、世田谷でオープンして以来、試行錯誤の上で作り上げてきたのは、健康的で毎日食べられる味。客足が途絶えないのも納得の名店だ。
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ