昭和の空気を感じる老舗喫茶
誰でも一口食べると笑顔になるメニューがあるはず。筆者の場合はオムライス。大好きなケチャップご飯が玉子焼きに包まれ一緒になった一品は、まさに笑顔メニューの代表だ。久しぶりにオムライスを食べたいと思っていたところ、昔ながらのオムライスを出すお店が日本橋にあると聞いたので、早速、出かけることにした。
今回の目的のお店『げるぼあ』があるのは、東京メトロ日本橋駅から徒歩2分の日本橋さくら通り沿い。日本橋高島屋の南口側のすぐ向かいという、日本橋界隈を歩くときに立ち寄るのにはぴったりの場所にある。
歴史を感じる赤いひさしが目印。店に到着すると、飾り気のない昔ながらの喫茶店そのままの雰囲気の外観に、なぜかほっとする。
昭和の空気を感じる店内は、全席喫煙可だ。目の前には、昭和の喫茶店の必須アイテムであるマンガが並んだ棚がある。一冊手にとって、案内された席に座る。
道路側は全面ガラス張りなので、店内は明るい。左側にベンチシートとテーブル、右側にはテーブル席が並び、お一人様でもグループでも、ゆったりと過ごせそうな空間となっている。店内の装飾も派手さはなく、落ち着いた感じだ。
「店の創業は1952年です。店名は、19世紀パリのモンマルトルにあり、芸術家が集まったというカフェ・ゲルボアからとったと聞いています。ただ、当時のことを知っている人がいないので、創業のいきさつや詳しい店の歴史などはわからないんですよ」と笑って教えてくれたのは店長の前田浩孝さん。
「パソコンスクールで講師をしていましたが、人手不足ということで、先代の店長であった父親に頼まれて店の手伝いをすることになったんです。もともと、お店を継ぐとは考えていなかったんですが、気がついたら、なぜか、店長になっていたんですよ」と、また笑いながら教えてくれた。
日本橋という場所柄、客の多くは近くの会社に勤める人だそう。モーニングやランチタイムだけでなく、仕事の合間に一服するために来店する人も多い。のんびりとリラックスできる昔ながらの喫茶店だ。
創業から守り続けてきた絶品オムライスをいただく
さっそく、オムライス1000円を注文する。ケチャップの代わりにデミグラスソースがかかっているというデミグラスオムライス1100円と悩んだが、最初なので定番のオムライスに決定。デミグラスオムライスは次回のお楽しみだ。
オムライスが出てきた。待ってましたと、さっそく一口いただく。口に入れた瞬間、頬がゆるむ。まさに、この味だ。玉子焼きは、現代風のとろふわ系ではなく、固めなのにパリパリにはならない、ちょうどいい焼き具合だ。この玉子焼きのしっかりとした食感こそが昭和のオムライスなのだ。
具材の玉ねぎは、ほどよく食感が残り、マッシュルームは柔らかい。ケチャップ味の甘みの中でピーマンの苦みがアクセントとなっていて、さらにベーコンが味に深みを出している。具材とケチャップとご飯が絶妙な炒め具合でうまく混ざり合い、パラパラになりすぎず、柔らかすぎない最高のケチャップご飯だ。ベーコンの脂のほのかな香ばしさも隠し味。この安定感のあるおいしさは、さすが、老舗喫茶店!
オムライスをいただいている間、ずっと笑顔のままだった。おそらく、向かいのテーブルのお客さんは、筆者を見て怪しい人だと思っていたかもしれない。しかし、このオムライスを食べれば、きっとだれでも笑顔になるだろう。そんな、オムライスだ。
いちばん大切なのは、この味を守り続けること
前田さんにオムライスのおいしさの秘密を聞くと、「レシピは創業から変わっていません。ずっと受け継いできた味を守っているだけです」。具材の種類も創業レシピのまま。たとえば、ケチャップご飯の具材に鶏肉ではなくベーコンを使うのも、創業からのレシピだそう。
サラダにかけてあるドレッシングも、ほんのり甘みがあり、深みを感じる。聞いてみると、まろやかな食感と甘みを出すためにフルーツを入れているそう。これも創業からの味だ。「このレシピを守り続けていくことが、いちばん大切なことなんです」と前田さん。
最後に前田さんのおすすめメニューを聞くと、「日替わりランチメニューのハンバーグシチューがおすすめです。多くのお客さまが注文する、人気メニューです」。ハンバーグからシチューまで、できあいのものを使わず、すべて手づくりの自信の一品だそう。
ふらりと入ってゆったりとした時間を過ごすことができる喫茶店は貴重な存在だ。さらに、つい笑顔になってしまうようなオムライスの味を創業から守り続けているということなら、行かない理由がない。また近いうちに必ずオムライスを食べに来ると誓って日本橋をあとにした。このお店が家の近所にあるといいな、と本気で思うのだった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=羽牟克郎