神奈川淡麗系の名店の味を守り続ける職人たち
『本丸亭』は、2000年に神奈川県厚木市から始まった。創業者の金丸透さんは、大阪の『揚子江』で修業した後、豚骨ラーメン店『丸亭』を25年ほど営業し、その後、店をたたんで屋号も味も変えて厚木に移転。新たに創り上げたその味で、過去にテレビ番組で“ラーメンのおいしい店”として全国1位を獲得してから不動の人気を誇り続けてきた。
2020年10月、金丸さんが惜しまれつつ亡くなられた後は、2人の弟子がその味を守り続けている。そのうちの1人が横浜の店を受け継いだ『横濱 本丸亭』代表の佐藤靖さん。もともと店の常連だった佐藤さんは、脱サラして弟子入りし、金丸さんから教えを受けた。佐藤さんが『横濱 本丸亭』を店舗展開していく中、鶴屋町の本店には金丸さんが亡くなる少し前まで仕込みに来ていたという。
2022年5月9日にオープンした新橋店の店長・橋本和彦さんも、古くからの常連だ。転職で飲食業やラーメン店の仕事に就くようになり、2018年に偶然、大好きだった『本丸亭』にたどり着いた。
「2代目の社長に代替わりした後も、鶴屋町の店が閉まってからおやっさん(創業者の金丸さん)が来て、麺を打ってスープの下処理をして店を支えていました。ただ、みんなおやっさんが来ると怒られるんじゃないかと思って帰るまで仕込みをしないんですよ。檄が飛ぶほど厳しいと聞いてたんですが、僕がお会いする時は、いつもニコニコと優しい神様みたいな顔をしてました」と橋本さんは笑う。
淡麗スープに自家製麺。新橋の本丸塩らー麺に名店を偲ぶ
新橋店も金丸さんから受け継いだ味をしっかり守り続けているということで、早速、看板メニューのラーメンを作っていただいた。まずワンタンを包むところから始まる。
「ワンタンの皮も自家製なんですけど、事前に包んでおくと皮が汁を吸ってべちゃってなって、ピロピロの食感がでないんですよ。だから、その都度握ってます」と橋本さん。お話をうかがってるうちに、本丸塩らー麺が着丼。
鶏や豚などの旨味に高級食材の焼きあごなど和風だしが香る、あっさりながら旨味あふれるスープだ。美しく透き通ったスープの中に、これほどの旨味が詰まっているとは思えないコク深い味わい。
続いて麺をすくいあげると、平打ちの縮れ麺がスープをまとってキラキラと輝く。啜るとスープの旨味を拾い上げ、噛むごとに麺の旨味も増してくる。
ワンタンはもちろん、チャーシューや塩煮たまごなど、どの具材も手間暇かけて仕込んだ抜かりない味わい。そして、生の春菊はスープに沈めてしっとりさせたら麺やスープとご一緒に。ラーメンの具として珍しい春菊だが、絶妙の組み合わせだ。春菊増しでオーダーするのもあり。
どこまでも透明なスープの奥にあふれる旨さ。秘訣は地道な仕込みにあった
この旨味はどうやって出すのだろう? おいしさの秘訣を尋ねると、「他の店も経験しましたが、下処理の丁寧さが群を抜いています。まず、モミジの爪を切るんですけど、初めての経験でした。おやっさんが、爪の中のアクが入るのを嫌ったんです。あと、普通の店でもゲンコツを下茹でして洗いますよね。でも、本丸亭ではタワシで磨くんですよ。ゲンコツも背ガラも表面についたアクを全部落として、そのくらい透明なスープにこだわっているんです」と橋本さん。
豚や鶏など丁寧に下処理をした素材と、他にもシイタケや昆布、焼きアゴや鰹など和風出汁も使って、どれかが突出することなくバランスのよい仕上がりだ。
そもそも先代の厚木時代は、栃木県佐野市の製麺所の麺を使っていたが、鶴屋町ができた頃から製麺機を導入して自家製麺に変わった。この時、金丸さんが創り上げた麺も、スープ同様のこだわりがあった。他店で製麺を経験している橋本さんも、「こんな特殊な麺はないですね。製麺所に頼んだら、断るところもあるんじゃないかってくらい、水と粉を混ぜ合わせるのが難しいと思います」。
新店舗ではキャッシュレス券売機と新しいものも取り入れている。「キャッシュレスだったりオペレーションのやり方だったり、新しいことを取り入れていくことも大事。でも、変えちゃいけないものもあると思う。注文を受けてからワンタンを握って出すのも時間はかかるけど、そこは変えない」。時流に乗りながらも大事なものを伝えていく気持ちが、橋本さんからひしひしと伝わってくる。
「最初に任された店舗で、『自分が店長やらせていただくことになりました』って言ったら、『がんばってね、応援してるから』って言ってくださった。それがおやっさんとお会いした最後でした。佐藤社長が店舗を増やしていきたいと話した時も、おやっさんは『がんばれ』って言ってくれたから今があります。おやっさんにも社長にも応えられるように、本丸亭を大きくして店舗を増やしていくことに全力を尽くします」。
“おやっさん”に惚れこんだ継承者たちが守り続けるその味は、じんわり心にしみる味だった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代