猫の踊場

ずっと昔、東海道の戸塚宿にある醤油屋でトラという黒猫を飼っていました。

この家では醤油がついた手を拭くために各々が手ぬぐいを持ち、夜に洗って干しておくのが習慣だったといいます。

ある日、干してあったはずの丁稚の手ぬぐいがなくなってしまい、翌日には主人の手ぬぐいもどこかへなくなってしまいました。主人は丁稚がわざと手ぬぐいをなくしたと言って丁稚を叱りますが、身に覚えのないことで主人に怒られた丁稚は納得がいきません。彼は真の手ぬぐい泥棒を捕まえるために、夜通し見張ることにしました。

真夜中にじっと干された手ぬぐいを見張っていると、するりと地を這うように手ぬぐいが消えていくのを目撃します。あわてて追いかけるも、手ぬぐいはそのまま闇に紛れてしまい、結局泥棒はわからず仕舞い。

ですがその翌晩、事態は動き出します。

用事があった帰り、夜道を歩いていた主人が不思議な光景を目にしました。月明かりの下の空き地で、手ぬぐいをかぶった数匹の猫が人間の言葉で会話しているのです。物陰に隠れ様子を伺っていると、どうやら彼らは踊りの先生を待っている様子でした。

しばらくすると、そこに踊りの先生と思われる猫が手ぬぐいをかぶった姿で現れます。

主人はとてもびっくりしてしまいました。そこにいたのはなんと、主人が家で飼っている猫のトラだったのです。トラが音頭をとって踊り始めると、他の猫たちもそれに習って踊り始め、空き地は踊る猫たちばかりになりました。

猫が踊る場所。そうして地名が踊場となり、この地にできた駅の名前が「踊場駅」になったといいます。(現在、踊場という地名は残っていません)

フィールドワーク①踊場駅で猫まみれ

踊場駅に到着し、横浜市交通局の職員の方が手書きで作ったという「踊場駅ねこちゃんMAP」を見ながら猫を探しに行くことにしました。(※このマップは改札横の案内所で希望する人にのみ配布しているそうです)

さて、一体何匹の猫を見つけられるでしょうか。

エスカレーターの手前、改札付近ではさっそく猫が出迎えてくれます。

改札を出てすぐ目の前の足跡を辿ると、伸びている猫を発見。

1、2番出口方面には迫力のある大きな猫の目があります。

非常口にも猫がいました!非常口マークとのんびりしている猫、なんだか不思議な取り合わせで思わず微笑んでしまいます。

4番出口の階段の踊り場では、上を見ると猫が輪になって踊っていました。事前に場所を知っていないとなかなか気づけないスポットなので要注意。

踊場駅では踊場駅限定の「踊る猫」デザインの切符が券売機にて購入できます。

実際に券売機で切符を購入してみましたが、たくさんの猫が踊っているさまはどことなくシュールで面白みがあって、とても可愛いものでした。

駅員さんにお話を伺うと、踊場駅限定の踊る猫のデザイン切符には、ごく稀に通常の切符と少しだけ柄の違う「レア切符」もあるそう。

駅員さんでさえあまり見たことがないと言うほど珍しいものらしく、なかなか出ない切符とのことでした。

フィールドワーク②猫の霊を供養する「寒念仏供養塔」

踊場駅2番出口から出ると、出口のすぐ脇にあるのが「寒念仏供養塔」。

こちらは猫の霊を供養する塔で、いつも花が供えられ、猫の置物がいくつも佇んでいます。

立て看板には踊場駅の名前の由来も記されているので、こちらも要チェック。

このあたり一帯は「中田」という地名で、実は「踊場」という名前の地名はここには存在しないのも面白いポイントです。

踊場駅の隣、同じブルーライン沿線に「中田駅」があり、踊場駅の住所は横浜市泉区中田南1-2-1となっています。

調査を終えて

踊場駅でたくさんの猫モチーフに癒された後、改めて民話「猫の踊場」を読み直してみました。

夜な夜な集まり、人間の言葉で会話して踊る猫たち……。

頭に浮かんだのは猫又(ねこまた)という言葉です。

日本では昔から長生きした猫は猫又になると言われ、妖力を持ち人語を理解すると言い伝えられてきました。

そんな言い伝えもあってか、民話や昔話では犬よりも猫のほうが不思議な存在として描かれることが多いように感じます。

事実、猫は謎めいた不思議な生き物です。たまに数匹で集まっているし、何か考えてそうだし、何か言いそうだし、理知的に見えます。

民話「猫の踊場」を知ってから、いつもの散歩コースにいる日向ぼっこをしている野良猫や、友人の家で飼われている猫を見るたびに「この子たちも夜な夜な踊るのでは」とか「人語を理解しているのでは……」などとつい想像してしまうのでした。

取材・文・撮影=望月柚花