自分たちの「好き」を表現するためにカフェをオープン
約1万本もの木々が茂り、四季折々の顔を見せる新宿御苑には、3つの入り口がある。JR新宿駅にいちばん近い新宿門。新宿門から四谷三丁目方面に進み、新宿御苑駐車場の近くにある大木戸門。ぐるっと反対側に行ってJR千駄ケ谷駅近くにある千駄ケ谷門。
3つの門のなかで最も人の出入りの多いのが新宿門だ。その目の前に『BOWLS cafe』はある。アパレル会社に勤めていた2人の女性が「公園のそばにお店を出したい」と2004年8月にオープンした。
オーナーの生田目恵美子さんにオープンまでの道のりを聞いた。
「大学を卒業してアパレル会社に勤めていたんですが、とにかく忙しくて。仕事自体はとても楽しかったんですけど、『この先もずっとこのままでいいのかな』って思い始めて。ちょうど同じことを考えている同期の同僚がいて、2人で『なにか自分たちの好きなことをやってみようか』っていうのがスタートでした」。
まずは“自分たちの好きなこと”を並べてみた。「お花が好き、お菓子が好き、お茶が好き、お酒が好き。箇条書きで並べていって、それがすべて満たされる、好きなものをいろんな形で表現できるのがカフェだったんです」と生田目さん。
カフェを開業すると決め、自分たちの趣味やコンセプトと合うお店からヒントを得るためのカフェ巡りと並行して、物件探しを開始。この場所は、まだ会社に勤めている頃、会社があった千駄ケ谷から2人で歩いていてたまたま通りかかった時に、「ここの雰囲気すごくいいね」と話していたことがあった場所なんだそう。
「その時は空き店舗ではなかったんです。一応不動産屋さんに問い合わせをしたんですが『空く予定はありません』ってことで、いったん諦めて。それから中央線界隈で物件を探していて、阿佐ケ谷にいい物件を見つけて、契約しかけた時にここが空くと不動産屋さんから連絡をいただいたんです」。まさに運命としかいいようがないタイミング!
阿佐ケ谷の物件に比べて家賃は倍以上、広さは半分。悩みに悩んだが、内見でシャッターを開けてもらった瞬間に「やっぱりここ!」と2人の意見が一致。たまたま通りかかった時に感じたファーストインプレッションは揺るがなかった。
会社を辞めたのはオープンの4カ月前。そこから本格的に開業準備が始まる。修業を兼ねたカフェでのバイトと並行してお店の施工。お店のデザインは図面を引くところからすべて生田目さんが手がけた。そして壁や天井はすべて自分たちで真っ白に塗った。
「自分たちでやれば、経費も抑えられるし、思い入れも深くなるし、こうやって何年たっても語り草にもなるし(笑)。お金をかけてキレイなものができ上がるよりは、手作りでお店を作るっていうことに意義があると感じています」と生田目さんは語る。
自分たちでできない部分は、工務店にお願いして大工さんに来てもらった。「施工して終わりじゃなくて、その後のメンテナンスも含めて、人としてお付き合いできる方と仕事がしたいなと思って」と生田目さん。実際にその大工さんたちとは今でもお付き合いがあるという。
「自分たちで一からお店を作ったから、素材やカラーのコンセプトがしっかりあって、間違いがない。何年経ってもぶれないっていうのがお店のクオリティーを保っていく秘訣」と生田目さん。
お店の空間は“お家”がキーワード。「おしゃれなカフェというよりは、ほんわか癒やしのある空間。お家にいるような居心地のよさで、でも家とはちょっとだけ違う。お店の雰囲気もお料理も、そのバランスを大事にしています」。
店名の由来は「BOWL=どんぶりでお腹いっぱい食事を楽しんでほしい」
こうしてできあがった『BOWLS cafe』。店名の由来は「BOWL=どんぶりでお腹いっぱい食事を楽しんでほしい」という思いから。ランチでは定番のカレーやたっぷりのサラダなどがどんぶりで提供される。
「みなさん残さず食べてくださいます」と生田目さんは話す。お客さんが残さず食べてくれるのは、お家でお母さんや奥さんが作ってくれるみたいな感覚があるからかもしれない。お家感がありながら、「お家ではここまでやらない」程度の、ちょっとした手間がかかっている。そのあたりがいい塩梅なのだ。
筆者が『BOWLS cafe』を訪れたのは平日の夕方。ランチは次のお楽しみにして、今日はスイーツをいただこう。デザートメニューは季節のケーキ、自家製スコーン、パンペルデュなど。すべてお店で手作りしている。
実はぜったいにスコーンを食べたいと心に決めていた。でもメニューを見てしまうとあれもこれもと心惹かれ……。ここは欲張って、スコーンもタルトも食べられるアフタヌーンティーセットに決めた♪
まずはショコラタルトから。口に入れると、見た目より甘さ控えめ。それでいて濃厚なチョコレート感。これはチョコ好きも大満足♪ なかなかの大きさだがペロリといただける。
そして口の中いっぱいにバターの香りが広がるスコーン! やっぱり紅茶に合う! 蜂蜜をたっぷりつけていただくとますます口の中にあふれる幸福感。これはたまらない♪
紅茶は英国王室御用達のH.R.ヒギンスの茶葉をイギリスから直輸入している。おすすめは、季節の名前が付けられた茶葉。ベリー系の甘い香りが特徴のspring、フルーティーな味わいのsummer、落ち着きのある味わいのautumn、スパイシーでちょっぴり刺激的なwinter。季節に合わせていただくのもいいし、味の好みで選んでもいい。
コロナ禍での人数制限がお店に良い効果をもたらすことに
一緒にお店を立ち上げた生田目さんの相方は、オープンから9年ほど経ったころに結婚して東京を離れた。現在は新たなパートナー、店長の荒川美樹さんと2人で店を切り盛りする。
「コロナ禍になって、元々お店を始めた2004年の頃に自分が目指していたスタイルに戻れた気がする」と生田目さん。オープンから10年ほど経った頃から雑誌で取り上げられるなどして人気店となり、多い時には10名ほどのスタッフを抱えていた。オーナー業に専念しなければならない時間が長くなり、お客さんと対面する機会が減ってしまっていた時期もあったという。
「ここでもう1度、自分の店を自分らしい形に寄せていってもいいかなって思って」。コロナ禍以降、利用人数と利用時間の制限を決めた。1組2名まで、時間は90分。ソーシャルディスタンスを考慮するうえでやむを得ない形だったが、このスタイルが逆に「静かにゆっくり過ごせる」とお客さんに喜んでいただける結果に。
「2名様限定だと店内がガチャガチャすることがなく、お店がすごくいい雰囲気なんです。私たちも2人でお店を回しているし、ちょうどいいバランスなのかなと思ってます」。コロナが収束しても、このスタイルは続けていくという。
生田目さんにはまだまだやりたいことがある。新しい形でのディナーの提供など、試行錯誤しながら次の仕掛けを目論んでいるらしいから、今後の展開からも目が離せない。近いうちに、またぜひ足を運んでみようと思う。
取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)