所々補修された箇所はありますが、トンネル内は素掘りではなくコンクリートの壁面が施され、壁面には細い線がいくつも刻まれています。
トンネルを掘った素掘り状態のところに半円状の骨組みと木板で型枠を作って(木製セントルという)、掘った部分と型枠の間にコンクリートを流し込みます。型枠を外すとコンクリートの壁面(覆工コンクリート)が完成するとともに、木板の線が刻まれるのです。こうして内部の構造を見ながら歩けるのも、等間隔にある照明のおかげです。
ときおり通過する自転車に道を譲り、横田トンネルを出ます。すると、すぐさきに赤堀トンネルの口が開いています。周囲は丘陵の斜面が入り組んでいて、そこに家が数軒集まっています。振り返ると影になった横田トンネルと丘陵の斜面。前方には陽が当たる赤堀トンネル。丘陵地帯のため日陰と日向の明暗差が出て、撮影するにはちょっと面倒だが、なんとなしに地形が起伏あって入り組んでいる様子が分かってきます。
住宅の傍の自転車道を進んで赤堀トンネルへ潜ります。いかにも鉄道の跡といった雰囲気がぷんぷん漂ってきて、気分も上がってきます。赤堀トンネルのコンクリート壁面は、一部分が苔むしていました。やはり丘陵の地下水が滴ってくるのでしょう。出口部分は緩やかな右カーブとなって、いい感じの捻り具合です。何がいい感じなのか、それはやっぱり鉄道線路を連想させる緩いカーブだからでしょうか。軽便鉄道分の程よいトンネル幅も、廃線跡の臨場感を醸し出してくれます。
赤堀トンネルを出ました。あたりは少し堀割となった住宅地です。トンネル出口は一本の桜木が聳(そび)え、他に木々は少なく、のっぺらとした斜面に一本の桜とトンネル。なんとも印象的な姿です。春ともなれば桜は色づき、フォトジェニックな光景となること間違いありません。
自転車道は緩やかな左カーブをしており、軽便鉄道がなんらかの形で現役で活躍していたとしたら、赤堀トンネルから出た列車の先頭が左カーブで少し傾き、背後には一本桜が咲き、名撮影地になっていたことでしょう。“がたんがたーん“とレールの繋ぎ目を通過する音が聞こえてきそうです。
カーブの先はすぐ御岳トンネルです。このトンネルも内部構造はコンクリートで覆われており、直線のために出口の明かりが望めます。今までは小規模ながら住宅地が点在するエリアを突き進んできましたが、御岳トンネルの直上は丘陵というよりも山であり、鬱蒼とした森が広がっています。
徐々にトンネル出口が近づき、その先は住宅ではなく深い緑が見えてきました。御岳トンネルを出るとガラッと雰囲気が変わって、森が主役となります。トンネルを出て一気に森の中に分け入ることとなり、急な場面転換にちょっと目が慣れるのに時間がかかりました。
周囲をキョロキョロ。両サイドはフェンスで覆われているので、一般人が立ち入ってはいけない森なのでしょう。背後は住宅地で口を開けていた同じトンネルとは思えないほど、薄暗い森で黒い口を開けている。それは「あの長編アニメ」の既視感。あ、あちら側へ迷い込んだか。そんな気持ちになれます。
フェンスの続く森の中、線路があったらここもフォトジェニックだなぁと思いつつ、夕刻に一人で歩いたり自転車に乗ったりするのは少々心細いですね。右へカーブし、やがて左手が開けてきました。かたわらには「ホタルが生息しています」の看板。水が清いのでしょうか。谷戸地形にホタル。
なんかいいなぁ。
左手は池があって、小規模な住宅地が形成されています。猫はのんびりと歩くし、なんだかホッとしました(先ほどまで異空間っぽい雰囲気がしたもので……)。
自転車道は池をなぞるように左へ曲がり、交差点の先に4本目の赤坂トンネルが待ち構えています。蒸し暑い天気は相変わらず。日差しを避けるように、またもや鬱蒼とした丘陵の斜面にポッカリと口を開けて人と自転車を待つ、赤坂トンネルへ吸い込まれます。先ほどまではときどき自転車の人とすれ違いましたが、赤坂トンネルからは誰も出てきません。これが4本目のトンネルか。それを潜った先に……。
赤坂トンネルは今までと同じ構造です。が、出口の明かりが気持ち暗いような。
気のせいですかね。いや、気のせいではありません。外界が暗いのです。ああ、やっぱりあちら側か。悟ってしまったからもう帰れないのか。またもやそんな気持ちになれます(笑)
赤坂トンネルの先は、またもや森の中でした。道は右へカーブし、辺りは人家すらありません。森の先に自転車道は続いているのか? 結果は、ぷつっと切れていました。突然の幕引き。てっきり村山貯水池(多摩湖)まで続いているのかと思いきや終点。なんだそりゃ。
呆気に取られ、ガサガサと森から音がしたと振り向くと、老夫婦が現れ、「この左右の登山道を歩けば多摩湖へ行けるよ」と教えてくれました。タイミングよく現れる老夫婦(笑)。でも、自転車では行けなさそうですね。
羽村山口軽便鉄道跡の散策はここでおしまい。ですが、線路はこの先の村山貯水池まで続いていました。
前方には立入禁止ではない小道が。行きます。
私は蚊に好かれるタイプなので、虫除けをしていてもこの時点でかなり刺されています。
クモの巣を華麗に避け、低木を避け、ぬかるんだ道に気をつけて進むこと数分、突如前方にバリケードで口を塞がれたトンネルが現れました。5号トンネル。自転車道へ転用されず、70年以上もの間、放置されてきた遺構です。
森と同化するコンクリートのポータルは若干黒ずみ、口を開けている廃トンネル。昭和初期に造られた姿のまま、静かに、ただ静かに佇んでいます。入り口は物々しいバリケードですが、それを差し引いても、自然に飲まれつつある遺構の姿にぐっときました。
東京にもまだこんなトンネルがあるのか。
絶対に立ち入れないぞというほど頑丈なバリケードは、5号トンネルの先が貯水池だからです。この先は東京都水道局の管轄であり、立入禁止の場所。ここが軽便鉄道散策の終点です。
帰り道は、再び赤坂トンネル、御岳トンネル、赤堀トンネル、横田トンネルを潜って戻ります。赤坂トンネルを出たとき、さんさんと降り注いだ太陽が隠れ、厚い雲に覆われていました。夕立がきそう。遠雷が鳴ったら厄介です。これからの季節は雷にもお気をつけください。ではまた!
取材・文・撮影=吉永陽一