ここ数年で「一晩寝かせたカレーに注意」という話題が頻繁に取り上げられるようなり、カレーやおでんのような煮込み料理にも食中毒の恐れがあることが認知されつつある。これは加熱しても死滅しづらい一部の細菌が主な病因となっているためだ。
ウエルシュ菌など高温に耐性のある細菌
高温に耐性のある細菌はいくつかあるが、とりわけ注意したいのがウエルシュ菌だ。この食中毒菌は人や動物の大腸内に常在し、下水や河川、海や耕地などにも広く分布している。硬質の殻を持つ芽胞(がほう)を形成し、90℃の温度で加熱しても1時間以上耐えられる。つまり、加熱しただけでは完全に死滅させることはできない。芽胞を形成する際に作り出されるエンテロトキシンという毒素が食中毒の原因となる。
43〜47℃で発育するため、調理したあとに常温で放置していると増殖してしまう。熱に強いので再加熱しても菌を減らすことは困難だ。また、酸素の少ない状態を好むため寸胴鍋などで大量に調理すると増殖しやすく、給食施設などで食中毒が起こる場合が多いことから「給食病」という異名がある。
症状は主に腹痛や下痢で、潜伏期間は6〜18時間。比較的軽症で1、2日で回復する。
熱に強い殻(芽胞)を作る特徴を持つ菌は、ほかにセレウス菌やボツリヌス菌があるが、食中毒の事例はそれほど多くない。
統計による食中毒の傾向
おでんの調理において高温に耐性のある細菌に気をつけなければならないことは理解できたが、実際にどのくらい食中毒が起きているのだろうか。厚生労働省の統計から見てみよう。
厚生労働省の食中毒統計資料「過去の食中毒発生状況」によると、食中毒の発生は令和3年(2021年)で717件、患者は1万1080人となっている。病因としては細菌、ウイルス、寄生虫、自然毒などがある。
上の図1は平成29年(2017年)から令和3年(2021年)までの食中毒事件の発生数と患者数の推移となる。事件の発生数では細菌(カンピロバクターなど)、寄生虫(アニサキス)、ウイルス(ノロウイルス)が多く、全体の9割を占める。患者数で見ると寄生虫は少なく、細菌とウイルスが圧倒的に多い。
図2で細菌の内訳を見ると、カンピロバクター(カンピロバクター・ジェジュニ/コリ)が7割(平均250件)を占める。ウエルシュ菌は約1割(平均27件)程度となっているが、患者数では毎年1000〜2000人程度となり、発生件数に対して感染者数が多い。原因施設は給食施設、病院、寮、旅館、仕出屋、飲食店などだが、2000年までさかのぼると4件ほど家庭で発生した記録があった。そのうち3件がカレーで摂食者数が17人、31人、91人となり、一度に大量に調理したことがうかがえる(なお、セレウス菌は家庭で14件発生している)。
全体的には高温に耐性のある細菌が病因となる食中毒は多くないが、ゼロではないので用心するに越したことはない。
高温に耐性のある細菌以外に、おでんで食中毒になることはないのだろうか。
図3は厚生労働省の食中毒統計資料「過去の食中毒事件一覧」から「おでん」が記載された事件を一覧にしたものだ。平成12年(2000年)から令和3年(2021年)までの21年間で8件と非常に少ないが、2021年9月30日に大分県で発生したツキヨタケの食中毒事件のように、おでんとして調理したにもかかわらず「おでん」と明記されていないものもあるので、こちらの資料だけでは網羅できていないことをご了承いただきたい。
この一覧を見ると、ウエルシュ菌のほかにサルモネラ属菌やぶどう球菌、ノロウイルスなどさまざまな病因物質があることがわかる。冷静に考えてみれば、おでんはさまざまな具材を使用するため、ウエルシュ菌以外にも気をつけなければならない病因があることが理解できる。
例えば、鶏肉を具材として用いればカンピロバクターに注意しなければならない。牡蠣を加えればノロウイルス、肉や魚や玉子ではサルモネラ属菌、不衛生であれば病原大腸菌による食中毒も引き起こす。先ほどの統計を見れば、食中毒の主要病因が含まれていることがご理解いただけるだろう。
おでんを調理・保存する際の食中毒の予防方法
さて、ここからはおでんを調理、保存する際の食中毒の予防方法について考えていきたい。前述のとおり、おでんはウエルシュ菌やセレウス菌など熱に強い細菌だけでなく、ほかの病因物質にも気をつけなくてはならない。ここでは、厚生労働省が提供する「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」を参考にした。
まず、食品の購入だ。おでんの具材となる生鮮食品は新鮮なものを選び、肉や魚などはポリ袋などで小分けして水分が漏れないようにしよう。冷蔵など温度管理が必要なものは最後に購入し、早めに家に持ち帰るようにする。このとき、保冷バッグがあると便利だ。
次に、家庭での保存だ。冷蔵や冷凍が必要なものは冷蔵庫と冷凍庫にすぐに収納する。多くの細菌は10℃で増殖が緩慢となり、-15℃で停止する。とはいえ、完全に死滅することはないので早めに使い切るといい。魚や肉は小分けしたポリ袋のまま入れると水漏れを防げる。
おでん種専門店で調理済みのできたておでんを購入した場合は、すぐに食べなければ小分けにして冷まし、冷蔵庫に入れておくといい。
調理前の下準備では、まず手洗いが重要だ。途中でトイレに行ったり、ペットを触るようなことがあれば、その都度手を洗いなおす。生肉や魚、卵を触った場合も同様だ。包丁やまな板を使う場合は、生で食べる野菜を最初に切ったあとに肉や魚を切るか、それぞれ個別に用意すると完璧だ。肉や魚を切った包丁やまな板は洗浄してから熱湯をかけて消毒する。
おでんを煮る際は具材の中心部が75℃の温度で60秒以上、ノロウイルス関連では中心部が90℃の温度で90秒以上加熱する。調理を中断する場合は室温で放置せず、小分けにして冷蔵庫で保管する。
食事の際は手を洗い、洗浄や消毒済みの清潔な器具と食器を使うようにする。また、生の食材に使った菜箸などで調理後の料理を取り分けず、専用のものを用意する。おでんのように温かい料理は65℃以上、冷やしおでんのように冷たい料理は10℃以下で味わい、室温のまま長い時間放置することは避けよう。
残ったおでんは室温で鍋のまま放置せず、浅めのタッパーなどに小分けして冷蔵庫で保存する。タッパーに分けることで冷めやすくなり、10℃以下の環境で保存することによってウエルシュ菌やセレウス菌の増殖を抑えることができる。ふたたび食べるときにはよくかき混ぜながら、75℃以上でしっかり加熱する。
食中毒の予防方法の詳細は厚生労働省が提供する「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」に掲載されているので、一度目を通していただきたい。清潔で安全な調理や保存をすればこそ、安心しておでんを美味しく味わえるというものだ。暖かい季節はもちろん、寒い時期にも食中毒は発生するので常に気をつけていただければと思う。
参考:
厚生労働省:食中毒
東京都福祉保健局:食品衛生の窓「ウエルシュ菌」
NIID 国立感染症研究所:ウエルシュ菌感染症とは
大阪府 健康医療部:食中毒菌は熱に強い?-セレウス菌、ウエルシュ菌食中毒について
取材・文・撮影=東京おでんだね