台湾を代表する2大ローカルフード
「日本ではまだまだ少ないですが、台湾では屋台料理の定番で、私のいちばん好きな食べ物なんです」
店主の陳 俞嫃(チン ユーテイ)さんが語るのは、お店の看板メニュー・麺線(ミェンシェン)だ。かつおだしがよく効いているとろみたっぷりのスープで、紅麺線という台湾独自の細麺を煮込んでいる。これをレンゲですくって食べるスタイルだ。かつおの風味が癖になる。お好みでニンニクや自家製ラー油、それに烏酢(ウースー)というどこかウスターソースにも似た台湾の黒酢をかけて味変しながら食べるのも楽しい。たっぷり入った豚のモツも臭みが抜けていて、とろとろのスープによく合う。
もうひとつの人気メニュー、日本人にもファンが多い魯肉飯(ルーローファン)には、皮つきの豚肉を使っている。
「独特の粘りやテカりは、皮から出るんです」
これに八角などの香辛料を効かせて甘辛く2時間ほど煮込み、半日置いて冷やして寝かせると、味がぐっとまろやかになるのだとか。ご飯にかければいくらでも食べられそうだ。
台湾ローカルフードを代表するこの麺線と魯肉飯、ランチでは両方を頼めるセットメニューが人気で、またオンラインでの販売もしているのだとか。
台湾人の心をとらえる、故郷の味とインテリア
『フォルモサ』では小吃(シャオチー)というおつまみも人気だが、そのひとつ茶葉蛋(ツァーチェイタン)も台湾人に愛されている一品。お茶葉で煮た卵だ。あらかじめ軽くひびを入れて味を染みやすくさせた卵を、高山茶や香辛料、醤油などで煮込んである。茶色くなったこの卵が、大きな鍋にたくさん入って置かれているのは台湾のコンビニではおなじみの光景だ。台湾を旅した人なら、きっと見たことがあるだろう。
とろとろの豬腳(ツゥチャァオ)もおいしい。これは豚足だ。漢方や山椒、醤油などの風味が染みていて、口の中でやわらかくとろける。
なかなか珍しいのは蕃茄切盤(ファンチェーチェーパァン)、これ日本語メニューでは「おつまみトマト」という、台湾南部独自の名物だ。
「南部では専門の屋台があるほど人気の料理なのですが、台北の人は知らないこともありますね」
金蘭醤油という甘みととろみのある台湾の醤油にショウガなどを加えたタレをトマトにかけたもので、なんともふしぎな甘じょっぱさが後を引く。台湾南部の町、屏東(ピントン)出身の陳さんならではの一品というわけだ。
ほかにも手間隙かけてつくられた台湾料理の数々は、どれも優しく香り高い。油と塩分は控えめで健康的な、そして台湾の屋台で、街角で食べたあの味なのだ。
また蘋果西打(アップルサイダー)のレトロでかわいい缶も、店内に飾られている台湾の鉄道切符もなんだか郷愁を誘う。それに茶葉蛋を煮ているのは「大同電鍋」という台湾の家庭には必ずあるという万能家電。これひとつで煮たり炊いたり蒸したり温めたりできるスグレもので台所の必需品となっているそうなのだが、これを見たお客の台湾人は故郷を思い出すようだ。
「私もこのナベ、3つ持ってます」なんて陳さんは笑うが、つまりこの店は日本で暮らす台湾人にとっても、コロナによる入国規制のために「台湾ロス」となっている台湾ファンの日本人にとっても、懐かしい場所なのだ。台湾語と日本語が入り混じる、にぎやかながらも柔らかな空気に、いつも包まれている。
台湾人は世界のどこでも集住しない?
「祖父母は日本時代をよく知っているし、私も小さい頃に〝あいうえお〞くらいは教えてもらっていて、片言の日本語は話せました。それに日本のテレビ番組を見て育ったんです」
陳さんは振り返る。台湾の中でも、南部はとくに親日的な土地柄といわれる。日本が統治していた時代の建物もかなり現存している。だから陳さんにとっても、日本は身近で親しみのある国だった。
そして母が日本で仕事をしていた関係で、陳さんも子供の頃から台湾と日本の間を行き来する生活を送っていたそうだ。中学校のときに日本のほうに定住することになり、それからは帰化してこの国で生活を営んできた。
変化があったのは社会人になってからだ。いったんは就職をしたのだが、「このままずっと日本に暮らすのなら、自分のルーツと関わる仕事がしたい」と感じるようになってきたのだ。はじめは通訳を考えたけれど、そこで大好きな麺線が浮かんだ。飲食業の経験はなかったが、やってみようと思った。
何度も台湾に通って、親戚中いろいろな人に話を聞いて料理を学んだ。大根餅は何度つくっても納得できる味が出なかったので、台湾に帰って学び直したりもした。
そして2015年にこの店をオープンしたというわけなのだが、どうして二子新地なのだろうか?
「この建物のオーナーが知人だった縁でやってきたんですよね」
と、この街にとくに台湾コミュニティーがあるわけではないという。台湾人は世界各地に進出しているけれど、どの国でも特定の地域に集住することなく分散している。チャイナタウンをつくる中国人とは違って、個々で生きる強さがあるからだと話す台湾人もいるのだが、それは陳さんも同様のようだ。
ところが、やってきた二子新地にはたまたま老舗の台湾料理店があった。それに開店と同じ年、多摩川を挟んですぐ対岸の二子玉川に、あの楽天グループ本社が移転してきた。ここではおよそ1万人の従業員が働くが、うち2割が外国籍だ。その中には台湾人も多い。彼らがお店の評判を聞きつけ、やってくるようになる。さらに「これもたまたま」なのだそうだが、近くには台湾スイーツの店もできた。偶然のつながりで台湾人が集まるようになってきた二子新地だが、『フォルモサ』を中心に新しいコミュニティーがつくられていくのかもしれない。
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2022年5月号より