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Profile:山内聖子
呑む文筆家・唎酒師
岩手県盛岡市生まれ。公私ともに19年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)。YouTube番組にて「オトナの酒場 スナック菓房」(by国分グループ本社)のママを担当。

苦いものが好き。いい苦味のある日本酒はもっと好き。

苦いものといえばまず野菜があげられますよね。春に旬のフキノトウやワラビなどの山菜に、セリ、山椒(実山椒)、ルッコラ、クレソン、ゴーヤなどなど、どれも苦ければ苦いほど手が伸びてしまいます。内臓が苦い魚も大好物で、鮎(内臓だけの塩辛うるかも)、サンマ、イワシ、キビナゴも。肝が苦いサザエやホヤなども大好物なんです。先ほど挙げた鮎のうるかのような珍味にも目がありません。

こういうものは、一般的に大人になってから美味しく感じる食べ物と言われていますが、私は先天的に苦味に抵抗がないのか、物心ついた時から大人が食べる苦いものが大好きでした。親戚が集まる大人の宴会では、同世代の従兄弟たちが残したホヤの酢の物やサザエの壺焼き、塩辛、山菜の天ぷらなどを貪るように食べていたっけ。

よく考えると苦い食べ物って日本酒に合いますよね……。というわけで、私は「この子はきっと飲んべえになるねえ」と当時おじいちゃんたちに笑われていた通りの大人になったわけですが、実は食べ物だけではなく、日本酒の苦味も好物な人間に成長してしまいました。

いつだったかこの連載で、日本酒好きにはいろんなフェチがあると書きましたが、それを自分に当てはめると苦味がそうでしょうか。質がいい苦味をたたえた日本酒が好きなのです。どちらかというと日本酒の苦味は、酒が劣化した時に出る場合も多く混同されがちなのですが、いい苦味は口内にスッとなじみつつ全身に心地よい刺激を与えてくれます。そんないい苦味の日本酒を酒場で飲むと、私は毎回(本当は行動に移したいと思いつつ)脳内で身をよじりムフムフしてしまいます。

ところが、さびしいことに、日本酒の世界で苦味はどちらかというとオフフレーバーの扱いにされがちです。まず、全国新酒鑑評会などの日本酒コンテストでは、目立つ苦味は減点の対象だと言われています。昨今の日本酒も、全体的に甘みや酸味を強調した酒が多く、苦味はだんだんなくす傾向にあるような気がしています。でも、自分のフェチはさておき、日本酒にとって苦味って欠かせない存在だと思う。もしかしたら日本酒の五味の中で一番いい仕事をするのは、苦味なのかもしれません。

いい苦味は柔軟に何役もこなしてくれる

苦味が乏しい日本酒は、句読点がない文章を読んでいるような感覚に近いと思います。つまり、酒を口に入れて喉を通り、全身にいきわたるまでリズムも抑揚もなくただ味がダラ〜っと垂れ流し状態になる。こういう酒は、ひと口ふた口はいいかもしれませんが、だんだん飲み続けるのがしんどくなり、飽きてしまいます。

でも良質な苦味が適度にあれば、旨味や甘みを適度に引き締め、引き締めたぶん味に余白ができるため何かつまみを合わせたくなります。さらに、合わせるつまみや温度によって全面に出たり奥に控えてアクセントになったり、余韻を引き伸ばしたりまとめたりと、いい苦味は決して消えない強い個性にも関わらず、柔軟に何役もこなしてくれるんです。

今回紹介する「長珍 純米60生 無濾過」も、苦味ってやっぱりないとダメだよなあと感じさせてくれる一本。まさに何役もこなしてくれるいい苦味が内包された日本酒です。ものすごく凝縮された緻密で太い旨味や甘みが特徴ですが、シャープな苦味が味の肝。“ビター旨い”日本酒なんです。

今回はこの酒に合わせて苦い野菜を使います。山間部ではこれから旬を迎えるフキノトウなんてどうですかね。「長珍 純米60生 無濾過」はしっかりした味わいなので、魚よりも肉かな。生のまま刻んで味噌で和えた肉のぬたなんていいかも。フキノトウと言えば熱を加えて食べるイメージがあると思いますが、この間、酒場でたまたま出会った86歳の着物姿のマダムに「生で刻んだものは香りがいいしつまみに使えて万能よ」と教わり、味噌でただ和えたものを食べたのですがこれが酒の肴に最高で。ちょっとマダムのアイディアを拝借しちゃいます。

材料は、ラム肉切り落とし80g、フキノトウ1個、新玉ねぎを半個、ミニトマト3個、白味噌小さじ1強、コチュジャン小さじ1強、醸造酢小さじ4です。

ラム肉はさっと湯通しして冷水で洗い、熱を冷まします。

ミニトマトは半分に切り、新玉ねぎは千切りに。新玉ねぎは軽く水にさらしておきます。

フキノトウはよくみじん切りにします。

刻んだフキノトウに白味噌、コチュジャン、酢を入れてよく混ぜます。

こんな感じになるまで混ぜましょう。

皿によく水を切った新玉ねぎやミニトマト、ラム肉を盛りつけたら味噌をかけて完成です。

酒も並べてくださいね。

酒をひと口飲み、自宅なのをいいことに早速身をよじってムフムフする私。この、カカオ多めの甘くないチョコみたいなビターな味! たまりません! 味噌と合わせるとフキノトウの苦味や香りがふわっと引き立ち、酒の苦味と互いにバランスを取るように味わいが伸びてきます。新玉ねぎの苦味やトマトの酸味とはがっつり合致。ラムのほどよい肉臭と旨味が加わると、この酒の苦味は奥に控えていいアクセントになりました。

この酒はぜひとも熱めの燗酒にしてください。旨味や甘み、酸味が、シャープな苦味をアクセントにグッと一つにまとまり、口にズキュンとストレートに味が押し寄せます。燗酒に合わせるとラム肉の旨味がふくらみ、今度はふきのとうや新玉ねぎの苦味と酒の苦味がきれいに重なりますね。この酒の苦味はほんとうに、飲み飽きさせないいい仕事をすると思う。

どんな食材を口に入れるかによって、あるいは温度によって性格を変える「長珍 純米60生 無濾過」の苦味は、千両役者そのものです。もう、惚れた!(酔っ払い笑)

文・写真=山内聖子

日本酒は、どんな料理にもなんとなく合ってしまう柔軟性が魅力です。中華にイタリアン、フレンチなどでも、合わせたときに対立する料理がほぼないということです。しかし、私は特に自宅だと、日本酒を合わせてみよう、と考察させられる料理よりも、無意識に日本酒を飲みたくなるつまみを好みます。今回は、そんなつまみをつくるちょっとしたコツについて書きます。
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