『すみれ』出身の諸先輩の背中を追って、東京で独立の夢を果たす
北海道のみならず全国に店舗展開する『すみれ』で、本山さんは札幌本店をはじめ数々の店舗で腕を磨いてきた。「札幌は全店。出張で福岡、静岡、新横浜ラーメン博物館、川崎……京都以外、全部の店舗に行ってます」。
独立間際には、先輩は1人、2人くらいしかいなかったという。「僕のなかで良くしてくれた先輩より先に辞められないなってのが何度かあって、それが終わってから辞めました」と本山さん。長い修業期間の理由は恩返しですねと言うと、「まだまだ返し切れてない部分もありますけど」と律儀な言葉が返ってきた。
東京での独立は『すみれ』で一緒に働いていた先輩方の後ろ姿が後押ししたという。「いつか東京で、みんなでやりたいね」と語り合った先輩たちが一人ずつ独立して夢を叶えていき、先に東京で前例を作ってくれたことが大きかった。
「先輩方が道を開いてくれたから今の僕があります。板橋に店が決まった時も、北海道から出てきて物件を探してるって言ったら、先輩方や親友が来てくれたんですよ。不思議とここに絶対決まる気がしましたね」。
3代で食べられる味を目指した、味噌らーめん
最初は基本の味噌らーめんがおすすめだ。「おばあちゃんが孫を連れて来ても、3代で食べられる店を目指してます」というその味は、北海道の味噌を3種類ブレンドし、マイルドで誰もが食べやすい味に仕上げている。
長年の修業で培ったすみれの味を基本に、自分なりに変化させている部分もあるという。「独立が決まった時、地域に合わせて変えることも考えたんですけど、結局やっていくうちに自分がおいしいと思うものを作ってるんですよね」。
初めは、SNSに味が薄いなどと書かれることがあったという。「そういう時に先輩が食べにきてくれて、アドバイスをくれたんですけど、聞くところは聞いて、自分が絶対に変えたくないところは変えなかった。自分の信念を貫くことのほうが大事だって思っていたんで」。
自信の味で、瞬く間に行列のできる人気店となったが、2カ月も経たないうちにコロナが蔓延し、緊急事態宣言の発令となった。
「飲食店って1カ月でオープン景気が終わると言われているところに、さらにコロナで3段階くらいズドンと落ちこんで。それから半年間は自分の給料もない状態で、いろいろありましたね」
苦境に打ち勝つ渾身の一杯「20年前恋した味噌ラーメン」への想い
店舗が決まった際、内装設備のないほぼスケルトンの状態で、さらに厨房を広げる必要があったため、工事費用は1700万円。
「びっくりするくらいお金がかかったんですよ。でも、これまでの人生すべてラーメン作りにかけてきたわけですから、残しておいてもしょうがない。悔いのないようにしようと思って」という背水の陣とも言える状況が、窮地に打開策を打ち出すことができたのだろう。
テイクアウトを始めたりしながら少しずつ盛り返すなか、半年後の10月に限定メニュー・20年前恋した味噌ラーメンが完成した。
「18歳の時に車の免許をとって食べ歩きを始めたんですね。その時に純すみ系で食べた味噌ラーメンが、すごく衝撃的なおいしさで。味噌ラーメンに恋したんです。思った通りの名前をつけたんですが、最初はみんなに笑われましたね(笑)」
SNSにも自分の思いのたけを綴った動画を投稿し、それが2万回再生されたという。ちょうど雑誌やテレビ、YouTubeの取材が重なったことで、一日10食だった限定は瞬く間に売切れ、20食、30食と少しずつ増していき、最後にはレギュラーメニューとして提供するようになった。
通常の味噌らーめんでブレンドしている3種類の味噌のうち、「20年前恋した味噌ラーメン」ではそのうち一番しょっぱい味噌だけを使っている。通常の味噌に比べてしょっぱくて、濃くて、油が多い、ご飯を食べさせるような中毒性のある「20年前恋した味噌ラーメン」は、振り切った味だ。
本山さん曰く「普通の味噌らーめんが肉でいったらミディアムなら、20年前恋した味噌ラーメンはウェルダン。焼いて焼いて火にかけまくって、ガンガン煽って煽って芳ばしさを出しています。調理も味噌も違いますね」
2周年を迎えた『あさひ町内会』。本山さんにとっては怒涛の2年間だったと思うが、忙しいなかラーメンの食べ歩きも欠かさない。
「休みの日は食べ歩きしますね。板橋のお店はほぼ行ってますし、気になる有名店まで遠出することもありますよ。店主さんの姿勢とかがすごくいいなとか、定期的に通っているところもありますね」
初心を忘れないようにと、自分の生まれ育った町内会の名前をつけた時と同じ気持ちで、黙々とラーメンを作り続ける本山さん。
「店が繁盛しても店舗展開するんじゃなくて、お客さんが来てくれた時に常に自分が厨房に立つ店でありたい。僕が立てなくなったら辞めてもいいと思ってます」。
不退転の決意でラーメンに向き合う本山さんが20年前に恋したその味は、昔食べた味噌ラーメンを思い出すような、そんな懐かしい味だった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代