現代人に心休まる“OFF”の時間を。白川茶専門ブランド「美濃加茂茶舗」

「日常に、小休止を」。そんなコンセプトをかかげ、美濃白川茶発祥の地・岐阜県東白川村で採れた一番茶を中心に取り扱う日本茶ブランド「美濃加茂茶舗(みのかもちゃほ)」。嗜好品として日本茶を楽しんでもらいたいと、同村の茶農家であり茶師でもある田口雅士氏監修のもと、高地栽培の茶ならではの澄んだ香りとキレのある渋味・苦味を活かした商品づくりをしています。

美濃加茂茶舗が唱える「小休止」は、美味しさから得られるものだけではありません。お茶を淹れる時間や行為も、忙しない現代社会の中で心を“OFF”に切り替える大事なスイッチ。そのスイッチをいつでも切れる環境、すなわち日本茶が溶け込んだ生活を届けるために、独自のプロダクト開発にも力を入れています。

偶然が重なって茶業界に飛び込んだ、ふたりの若者

美濃加茂茶舗を手がけるのは、これまで茶業界に縁もゆかりもなかった若きふたりの経営者です。実は美濃加茂茶舗は当初、事業開発支援を行う株式会社IDENTITY内の一プロジェクトとして始まったブランドでした。発足から1年が経った2020年に独立・事業化。当時店長だった伊藤尚哉さんが代表取締役に、プロジェクトマネージャーだった松下沙彩さんが取締役に就き、新たなスタートを切りました。

現在、主に仕入れや営業活動などを行っているのは伊藤さん。名古屋市生まれ名古屋市育ちで、24歳で日本茶専門店に転職するまでは隣県の岐阜県に茶の産地があることすら知らなかったといいます。

以前は営業職だったという伊藤さん。その経験を活かし、今は主に喫茶店やコーヒーショップに提案にまわっている
以前は営業職だったという伊藤さん。その経験を活かし、今は主に喫茶店やコーヒーショップに提案にまわっている

「偶然近所のお茶屋さんが社員を募集していて『まあ、やってみるか』くらいの気持ちで転職したのが茶業界に入ったきっかけです。それまで頻繁に日本茶を飲んでいたわけでもなければ、特に意識を持って日本茶を見たこともありませんでした」

働き出して初めて日本茶にもさまざまな産地や品種があることを知り、素直に興味の対象としてハマっていったという伊藤さんは、2年後には日本茶インストラクターの資格を取得。将来の道筋を模索する中で美濃加茂茶舗プロジェクトに出会い参加を決めました。

そこにプロジェクトマネージャーとして加入したのが松下さんでした。広告畑で10年以上のキャリアを持つ彼女もまた、当時は育休明けを機にフリーランスになったばかり。今でこそ商品企画やPRのほかに生産者訪問やECサイトの運営なども担っているといいますが、その頃は日本茶の知識はほぼゼロで、あくまで企画の構想や販促面での先導役という気持ちだったのだとか。

「独立」は未来に日本茶を残すための決断

美濃加茂茶舗に関わり始めたふたりは、少しずつ日本茶を取り巻く環境を知りさまざまな課題を目の当たりにしてきました。需要の低迷から価格が下がり続けていることや、爆発的に売れる商材でないことも痛感。それでも続ければ続けるほど、今まで知らなかった日本茶の奥深さ、想像を遥かに超える茶農家たちの努力に触れ、日本茶への愛と生産者たちへのリスペクトは募るばかりだったといいます。

立ち上げから1年が経ち、店長だった伊藤さんは大きな決断に踏み切ります。美濃加茂茶舗をこのまま社内の一プロジェクトとして続けるか、独立して自分たちの手で事業化するか、IDENTITYの代表と話し合いを重ね、後者を選択したのです。

「僕らのような全国的にはあまり知られていない小さな産地のお茶を好きになってもらうことで、名産地やブランド名に囚われずフラットに日本茶を楽しんでほしかった。もちろん、僕たちが頑張ったところで茶市場全体の取引価格の底上げには到底及ばないでしょう。でも事業として確立したという成功事例をつくることができれば、お茶業界にプラスの影響を与えられるんじゃないかと思ったんです」

広告会社時代には数え切れないほどの案件を手がけてきた松下さんも、日本茶ははじめて自分自身で心から売りたいと思った商材だと話します。

「私も、美濃加茂茶舗を将来永続的に続けるのであれば自立した方がよいのではと思っていました。誰かが責任を持って運営・収益化する仕組みをつくらなければ、もしも会社側がプロジェクトを打ち切りにしてしまえば簡単になくなってしまいますからね。まさか自分が先頭を切る立場になるなんて最初は考えてもみませんでしたけど(笑)。少し勇気はいりましたが、最終的にはシンプルに、『大好きな美濃加茂茶舗がなくならないためにはどうすべきか』と考えたら、自然と結論は出ました」

消費者としての実体験をもとに、お客様へのアプローチを再検討

再出発が決まった際、あらためて自分たちは何をすべきなのか、自分たちしかできないことはなんなのか、あらゆる考えを巡らせたというふたりは「生産者でないこと」こそ美濃加茂茶舗らしさのひとつだという答えに行き着きます。

日本茶を飲む習慣がない人が「急須で淹れたお茶は美味しい」と突然いわれたところで響かない気持ちや、茶業者たちにとっては当たり前の小さな手数がそうでない人には想像以上にハードルが高いことは、自分たち自身が実体験を通してよく理解していたこと。だからこそ、飲み手や淹れ手という消費者側の視点に立って日本茶の魅力を伝えていこうとアプローチの方向を見直したのです。

今必要なのは、お茶を飲む習慣が身につくまでのステップを刻んで具体的に提案すること。どんな湯温でも美味しく淹れられるお茶を開発したり、袋入の茶葉を買うのをためらう方や急須を持っていない人のために同じ品質のティーバッグをそろえたり。暮らしの中で「今日は日本茶にしよう」と、選択肢としてストレスなく手に取れる環境や商品を提案していきたいと話してくれました。

ミニマルにお茶を淹れる道具「CHAPTER」の開発

目指したのは「ひとり分の煎茶をデスクで飲む」という行為に最適な形。内側には湯量を示すラインがあり、蓋はティーバッグを置くのに使える
目指したのは「ひとり分の煎茶をデスクで飲む」という行為に最適な形。内側には湯量を示すラインがあり、蓋はティーバッグを置くのに使える

仕事中にデスクで使うためのティーバッグ専用の湯呑み「CHAPTER(チャプター)」の開発は、その象徴ともいえるでしょう。急須でなくてもいいから、まずは「お茶を淹れる」行為のきっかけをつくりたいというのが構想の始まりだったといいます。

「含まれる成分や『小休止』するシーンを考えたら、仕事の合間って日本茶を飲むのにぴったりなんですよね。でもいくらリラックス効果を謳われたところで、キッチンでも急須を使わないのに、デスクでなんてなおさら急須でお茶は淹れない(笑)。ひとつで完結できることを重視して、コップ型でティーバッグ用という形になりました」と、松下さん。デスクワーク経験を持つ彼らならではの、現実的な声から生まれたプロダクトです。

ちょうど世間ではリモートワーク化が急速に進んでデスク周りのアイテムが注目を集めていたこともあり、クラウドファンディングに挑戦した際には「日本茶を淹れる道具」ではなく「仕事環境を整えるガジェット」として全面的に打ち出したのも美濃加茂茶舗らしいアイデア。

「お茶を淹れる道具である前に、見ただけで『ほしい』と思えるものにすることも意識した」と松下さん
「お茶を淹れる道具である前に、見ただけで『ほしい』と思えるものにすることも意識した」と松下さん

伊藤さんは当時のことを振り返って、「僕だったら、日本茶の課題や美味しさを語って支援を呼びかけそうなところ、松下さんは最後まで『お茶の存在はできるだけ前に出さない!』って(笑)。でもすごく共感できましたし、結果、想像以上の反響がありました。ストイックに納得いくまで突き詰めていく松下さんの姿勢には本当に尊敬ばかりで、頼りにしています」と話してくれました。

「日本茶はみんなを幸せにできる。こんな商材ほかにはない」

ふたりは今、どんな未来を描いているのでしょうか。最後にこれからの美濃加茂茶舗と日本茶の未来についてそれぞれにうかがいました。

「白川茶の美味しさを知ってもらえれば、『他にはどんな産地があるのだろう?』って、興味を持ってもらえると思うんです。僕がそうでしたから」
「白川茶の美味しさを知ってもらえれば、『他にはどんな産地があるのだろう?』って、興味を持ってもらえると思うんです。僕がそうでしたから」

「僕が営業活動をしていて感じるのは、確かに日本茶には大ヒットを飛ばすような派手さはないかもしれないけど、すごく確実性があるということ。皆さんどう手を出していいかわからなかったり、難しく考えすぎたりしているだけなんです。ネガティブな反応をもらうことはまずなくて、知ってもらえさえすれば、必ずそのストーリーや美味しさは伝わる。それを毎日実感できているから続けていて楽しい。

卸先を探してレクチャーして、時にはイベントに出て……。生活が劇的に変わる便利ツールでも、生活になくてはならないものでもないので、それはそれはもう想像以上に地道な作業です(笑)。でも手応えは確かにある。

定期的に東白川村のお茶を使ったワークショップを開催(写真提供:美濃加茂茶舗)
定期的に東白川村のお茶を使ったワークショップを開催(写真提供:美濃加茂茶舗)

まずは、一番近い距離にいて同じ熱量を持ってこのブランドを支えてくれる東白川村の茶農家さんと一緒に、白川茶の魅力を伝えていきたい。気がついたら『岐阜や愛知のお店で、よく美濃加茂茶舗のお茶見かけるよね』っていわれるような存在になりたいですね」

「いろんなお店に声をかけて回る伊藤くんを見ていて、フットワークの軽さは本当にすごいなと思います。私にはできないなって(笑)。だから私は、ECサイトやSNSでの発信を通じてエンドユーザーに向けての提案に力を入れています。目標は『CHAPTER』を一家に一台必ずある、生活の中の定番アイテムにすること! ストレスなくお茶を淹れられる道具があって、日本茶が日常の選択肢になれば、茶葉の需要は必然的に上がります。

美濃加茂茶舗のお茶を提供するFabcafe Nagoyaではコーヒー用のドリッパーで煎茶を淹れている(写真提供:美濃加茂茶舗)
美濃加茂茶舗のお茶を提供するFabcafe Nagoyaではコーヒー用のドリッパーで煎茶を淹れている(写真提供:美濃加茂茶舗)

日本茶って、嫌いという人がいないのが本当にステキだなと思うんです。友人に『日本茶を売っている』と話すと、必ずいいねといってくれるし、確かに大好きという人はまだ少ないかもしれないけど、嫌いという人には出会わない。それってみんなを幸せにできる可能性があるってことだと思うんですよね。こんなに自信を持って届けられる商材って、ほかにないですよ」

「茶業界に入って、『自分だけが儲かればいい』という人に出会ったことがない。みんなで盛り上げていこうという一体感が大好きです」
「茶業界に入って、『自分だけが儲かればいい』という人に出会ったことがない。みんなで盛り上げていこうという一体感が大好きです」

“日本茶を知らなかった”からこそ、業界では当たり前だと思われている何気ないことがひとつひとつ新鮮で、その気づきがすべて商品づくりや提案のタネになるというふたり。お互いの能力・個性を活かし、時に迷い悩みながらも東白川村の茶農家たちと二人三脚で一歩一歩前に進んでいます。

小さな茶産地から生まれた日本茶ブランドが、日本茶業界でこれからどんな化学反応を起こしていくのか期待は高まるばかり。こうして違う世代やさまざまなキャリアを持つ人が新たな風を吹かせることで、日本茶はより多様な楽しみ方で次世代へとつながっていくのでしょう。

写真・吉田浩樹 文・RIN (Re:leaf Record)