そもそも中濃ソースって何だっけ
ウスターソースは19世紀後半にイギリスで発祥し、明治の文明開化とともに日本に伝来した…ってことはネットにも載っているので省きますが、「中濃ソース」や「とんかつソース」は日本独自のソースです。とんかつソースと言ってますがJAS的には「濃厚ソース」という呼称。JASの人も「とんかつソースの方が分かりやすいじゃん」と思いながらも汎用的なネーミングにせざるを得なかった無念がうかがえますね。「ウスター」「中濃」「濃厚」は粘度による区別だそうです。
関西人はこってり好きだから濃厚だろう。と思いきや、「関東は中濃、関西はウスター」なんですね。それを知らず私は大阪に初めて住んだ時、串カツに盛大にソースをチューブから噴射しましたら、予想外のサラサラタイプで衣が真っ黒になった……という失敗を幾度もしました。この店のソース、シャバシャバじゃのーといつも思っていましたが、どの店もソースの粘度は同じ。後で「関西はウスター」と知って驚愕しました。何で関西、人は濃いのにソースは薄いのか。
そもそも中濃ソースとはどうやって生まれたのか。
どうやら東京周辺には昔から「地ソース」メーカーがたくさんあり、現存する東京最古の地ソースメーカーが板橋区で1923年(大正12)に創業した『トキハソース』とのこと。ですが1880年代から1900年初頭にかけてすでに日本でウスターソースは作られており、大阪で『三ツ矢ソース』『イカリソース』、東京で『ブルドックソース』など相次いでソースが生産されました。
で、中濃ソースは1964年に『キッコーマン』から発売。醤油業界のリーディングカンパニーと思いきやソースも守備範囲なんですね。ベースはウスターソースですが、トマトやニンニク、リンゴなどの野菜と果実を使用し、スパイスを効かせた少し甘みのある味わいが日本人にウケました。
そこで町中華との関わりなのですが、中華料理店はざっくり「戦前系」「戦後系」に分けられます。「戦前系」は華僑や中国から来た人々が開いた本格的な現地料理の店がほとんど。「戦後系」は満州や台湾に移住し、敗戦後に帰国した引揚者が現地で覚えた味を再現した店です。本当にざっくりすぎて北尾トロさんに怒られそうですが。
ソースの話に戻ると、東京周辺では1880年後半に国産ウスターソースが開発されましたが、本格的に家庭に普及したのは戦後のこと。日本人の食卓が洋風化していった頃からです。同時に、その頃から増え始めた戦後系の中華料理店、いわゆる「町中華」でもソースを使ったメニューを出すように。そうして1964年に中濃ソースが登場すると、「旨っ!これ何にでもいけるじゃん」となり、ちょっとした中濃ソースブームが起こります。
豊洲にある1948年創業の『やじ満』は今でもシュウマイを中濃ソースで食べます。御徒町にあった1954年創業の「来集軒」(2016年閉店)は「ソースチャーハン」なるメニューもあり、この味付けも中濃ソース。現在は少なくなりましたが、 老舗の町中華ではソースチャーハンやソースで食べるシュウマイが見られました。それは不思議と東京近辺に多く、やはり中濃ソースが関東独特の食文化であることがうかがえます。
『七彩』の阪田さんの使命感がスゴい
と、自分で調べたかのように書いていますが、このことを教えてくださったのは『麺や 七彩』の店主・阪田博昭さん。ラーメン好きなら知らぬ人はいない、八丁堀のミシュランラーメン店ですね。無化調の喜多方ラーメンが看板メニューで、都立家政にも『食堂七彩』を展開しています。
その名店が2021年8月、東京駅八重洲地下街に『らーめん 七彩飯店』をオープン。界隈のサラリーマンが小躍りしながら昼に行列する光景も今では見慣れたものになりました。
使命は、“失われていく食文化の継承”
なんと阪田さん、閉店してしまった「来集軒」の味を、ひいては東京の中濃ソース文化を復活させようと、『七彩飯店』でソース縛りのメニューを始めたんです。
そもそも阪田さんのポリシーは“七彩を通じて食文化を継承させること”。喜多方ラーメンも、自身が喜多方に行った時に「さゆり食堂」という煮干系の喜多方ラーメンに感銘を受け、この文化を残そうと七彩で煮干系喜多方ラーメンを出し始めたのだとか。閉店してしまった「さゆり食堂」へのオマージュとして、店では「喜多方ラーメン type-SA(さゆりのSA)」のメニュー名で出しています。
で、ソースチャーハン。かつて東京にあった「中濃ソースブーム」に着目した阪田さんは、この食文化を自分が継承しないと消滅してしまう!と危機感を抱きました。そうして2018年から都立家政の『食堂七彩』でソースチャーハンをオンメニュー。続いて、八重洲地下街の『七彩飯店』オープンを機に、ソースで食べるシュウマイも始めたってわけです。
実際に食べてみなきゃ書けないわ〜ってことで、実食しました。本当に『七彩飯店』の券売機にはチャーハンが「東京ソースチャーハン」しかない。普通のないの?と聞くと「ないッス!」。潔いッス!
オーダー後に厨房を覗き見ますと、フライパンにチャーシューの切れ端や玉ネギを投入し、ライスを加えてカカカカッとリズミカルに炒めています。そこへソースを回しかけ、しばらく炒めたら2度目のソースを入れています。
なんでも、1度目はウスターソースで香りを付け、2度目は中濃ソースで味を付けているのだそう。ソースの2段使いがポイントなんですね。
ソースチャーハンは懐かしく新しい“ライス料理”だった
ソースに興味ないふりしていましたが、いざ運ばれてくると何と旨そうな匂い! 一気に食欲マシマシになりました。この炒め油がラードってとこがミソなんですよ。香ばしくて湯気すら美味しいです。
オカンが家で作ってみた気まぐれチャーハン的な味を想像していましたが、予想していたより遥かに店の味です。ソース2段使いによるコクと香り、ラードの豚香(って言葉あるのか?)、大ぶりのチャーシューの肉肉しさ。ご飯は全くパラパラではなくペトペトしていて、ソースと油にコーティングされてオイリー! あ、これ褒めていますんで。
関西人に言わせれば「そばめしのそば抜きやんけ」となるんでしょうが、これはこれでチャーハンともそばめしとも別次元のライス料理です。とはいえ、初めて食べたのになぜか懐かしい味。日本人のDNAに刻み込まれた「ウマいやつ」とでも言うのでしょうか。
ソースシュウマイはハンバーグだった
シュウマイもソース味ということでソースシュウマイをオーダーしてみました。と言っても、ソースシュウマイというメニューがあるわけでなく、シュウマイを頼むと「ソースで召し上がって下さい」という控えめな圧がかかってくるだけです。醤油くれって言ったらあっさり出てきます。
どうもシュウマイというと醤油と酢と辛子のあの甘酸っぱ辛さを口が求めてしまうのですが、仰せの通りにソースで食べてみました。
シュウマイは町中華風に「シウマイ」というメニュー名です。ソースの話よりまず、サイズがデカい! 箸で持つと手がプルプルするほどです。具は玉ネギと挽肉だけ、そのままでも塩味が付いているのですが、これもソース推奨なので、ソースでいただきます。
おお……この味はなんというか、ハンバーグだ! シウマイがもう豚の肉塊って感じなので、中濃ソースをかけると洋食屋のAランチでハンバーグとトンカツのソースが皿で混ざり合った部分を食べた時のような味になります。でも辛子を付けるとシュウマイがやっと自分がシュウマイだったことを思い出し、中華感を出そうと努力しているのが舌で感じられます。
阪田さん、ソース文化を語る
シュウマイのソース味はかなり気に入りました。しかし正直、チャーハンは塩気と醤油のあの味が好きだな。と思っていましたら、「ソースチャーハンは『旨い!』というより『アリかも』だと思います。でも、なぜかまた恋しくなって食べたくなる。それが日常の味になり、家庭の食卓で受け継がれるんです」と阪田さん。なるほど!
確かにソースチャーハン、ぶっちゃけ家で作れます。しかしそれが大事とのこと。「他のお店にも真似して欲しい。誰でも作れるからこそ、このメニューが他の店にも広がり、食文化として根付いていくと思うんです。僕はこの中濃ソース文化を東京の食文化、ひいては日本が誇る食文化として海外から注目される価値があると信じています。これは日本にしかないジャパニーズ・ブラウンソース。失われつつあるこの食文化を、自分たちが守り、受け継ぐ使命があると思っているんです!」 。阪田さん、アツいな!
猫田は単純なので「おお、その通りだ! 中濃ソースは醤油に次ぐ日本のドメスティック調味料になるに違いない」と胸を熱くしてしまいました。
これだけソースの話をしながら、最後にラーメンを褒める
しかし存分にソースソースと話していたのに、「じゃあラーメンください!」と本筋に関係ないラーメンもオーダーしてしまいました。だって七彩の看板メニューだしね。
写真は喜多方らーめんの肉大盛りバージョン「肉そば」。チャーシューが14枚も飾り付けられていて、思わずウオッホーと奇声を上げてしまうビジュアルです。ところでなんでラーメン店って「らーめん」と表記する店が多いんでしょうね。「ラーメン」と書くと無機質で味気ないので、人間味を出すために「らーめん」にするのかな。「ら〜めん」の場合もありますね。確かに私もラーメン店開くとしたら、「らーめん」と平仮名にしてしまうかもな。と物思いにふけます。
まず喜多方ラーメンの特徴でもある平打ち麺。こちらでは、七彩出身者がつくばに開いた『松屋製麺所』に特注した太麺を、注文が入ってからわざわざ手で圧をかけて平たくします。ランダムな形状のピロピロ麺にすることでスープが絡みやすくなり、ムチムチ感がより増すそうです。
チャーシューは脂身たっぷりで柔らかいわ、スープは塩気強めで麺と合うわで、こりゃ旨い。肉って素晴らしい。
まんまとソース味が恋しくなった
ラーメンに尺を取っている場合じゃないですね。ソースチャーハン、言われた通り、日が経つと「また食べたいなあ……」と恋しくなります(忖度ではない)。 家でも作れるっちゃあ作れるんですが、ウスターと中濃の2度使いとか、ラードで炒めるとか、家では若干ハードル高いので、やはり『七彩』に食べに行った方が賢明です。
他にもソースバージョンが合いそうな中華料理って何でしょうね。猫田的に春巻きとカニ玉は絶対イケると思います。これを見ているラーメン店の皆様も、阪田さんのソース文化復活プロジェクトにのっかって色々挑戦してみてはいかがでしょう。和食のように日本のソース文化がユネスコ無形文化遺産に登録される日も遠くはないかも!?
と雑な締め方ですが、今回は初投稿ということでお見逃しください。えへへ。
取材・文・撮影=猫田しげる