大一市場のディープな空気と居抜き物件で遊び心を発揮
あちこちにディープな空気が流れる高円寺。北口から徒歩3分ほどのアジア料理の飲食店が並ぶ大一市場の空気はひときわ濃い。その大一市場の中に2021年7月にオープンしたのが『DRIED SARDIN BROTHERS』だ。“DRIED SARDIN” =干したイワシ、つまり煮干しをガッツリ使ったスープが売り。ちなみにイワシの英語はSARDINEで最後にEがつくが、こちらはSARDINだ。
トンネルめいた市場の中にあるその場所は、一つ前も、その前もラーメン屋で、カウンターやキッチンをそのまま使ったいわゆる居抜き物件。それを逆手にとって、遊び心が発揮されている。瓦の庇の前にちょうちんを飾り付けた重厚でビシッとした和の雰囲気。アメリカのリトルトーキョーにありそうなラーメン屋さんをイメージしたそうだ。確かにそれっぽい!と感心してしまう。
インパクトある店のマークは『DRIED SARDIN BROTHERS』という店名を家紋にして欲しいとデザイナーに依頼。上半分は煮干しの「ニ」かと思いきや、『DRIED SARDIN BROTHERS』を略したDSBを90度回転させているのだとか。
煮干し出汁のスープに粗みじんの玉ねぎが加える味の変化
『DRIED SARDIN BROTHERS』のラーメンは淡麗煮干そば、濃厚煮干そば、鶏ニボ中華そばの3種類がベース。麺が2種類、油が2種類、そしてチャーシューも2種類ある。
いちばん人気は淡麗煮干そば。チャーシューは豚肩ロースとバラ肉のうち、豚肩ロースがのる。メンマとカイワレと海苔のほか、あらみじんの玉ねぎがたっぷりのっているのもポイントだ。
1度の仕込みに煮干し6キロほど、さらに椎茸と昆布と入れているというが、やはり第一印象は煮干しの香り。ほんのりグレーがかった色味のスープは程よい煮干し感が強いがえぐみのない淡麗スープ。
そして、このスープに全粒粉入りで香ばしさもある中細麺とみずみずしい粗みじんの玉ねぎがよく合う。煮干しラーメンの付け合わせとしてはポピュラーな玉ねぎだが、食感と味に変化を生みだしていて、最後の一片をレンゲで探しつつ、スープが進んでしまう。
大きな肩ロース肉のチャーシューも舌触りよく仕上がっている。醤油ダレに1日漬込み、3時間以上低温調理してから出しているとのこと。
お腹に余裕があったら、麺の風味が味わえる和え玉にもチャレンジして欲しい。最初のラーメンと同じ麺と香味油、かえしの組み合わせで250円。スープがない分、麺の香ばしさがより感じられるのが粉好きとしてはうれしい。
食べ応えのある角切りのチャーシューの食感と、やはり玉ねぎの粗みじんがたっぷりトッピングされている。もちろん残ったスープに和え玉を加えて食べてもいい。そのまままぜそばや油そばのように食べて、卓上のラー油を垂らす味変も楽しんでいると、いつの間にか和え玉の残りが少なくなる。
個人が勝負できるのがラーメン店の魅力。店長は広告代理店からの転身
店長の若井豪(わかい つよし)さんは、まだラーメンを仕事にして3年半ほどだという。その前はどんな仕事をしていたのかと尋ねてみたら、なんと「広告代理店で働いていました」という意外な返事が返ってきた。
転身の背景は、ラーメンを作るのも食べるのも好きだったこともあるが、「飲食店の広告を担当して、現場感を自分の中に持ちたかったことが理由の一つ。それからラーメン屋は全国に数万店あるけれど、その土地ごとに個人店が勝負をしているのもおもしろい。それはつまりスキルが身につけば、どこに行ってもラーメン屋さんができるということ」と、静かな野望を感じさせる。
大胆な転身を打ち明けた時、当時の上司には引き止められたそう。「行きたい部署があるなら行かせてやるから、やめておけって(笑)」。そんな引き止めもありながら、以前から好きだった煮干しラーメンの有名店で修行したのち、飲食店仲間と開くことになったのが『DRIED SARDIN BROTHERS』だ。
ラーメンも店の雰囲気も今風の演出を感じる『DRIED SARDIN BROTHERS』。コロナ禍のオープンだったが、すでにいくつものメディアで紹介されたこともあり、早い時間にスープがなくなることも少なくない。「そんなに変化させていない。すごくシンプルに作っている」と店長の若井さんはいうが、組み合わせを変えた一杯を味わうために再訪したくなるのは間違えない。
取材・撮影・文=野崎さおり