「赤羽に旨いものあり」山岸マスターの言葉を抱きて麺すする
2007年3月惜しまれつつ「東池袋大勝軒」が閉店。田中さんは、わずか4か月後の7月29日北赤羽で『大勝軒まるいち』を創業。この店はすでに閉店しているが、2008年には2号店となる現赤羽店をオープンさせている。まずは、この店に残る大勝軒の系譜を辿ってみよう。
「麺 絆 心の味」「赤羽に旨いものあり」など山岸マスターの書を眺めていると、実に感慨深い。2022年で創業から15年、赤羽店は14年の年月が経っている。
写真を撮らせていただいていると「あちこち古くなっていて……」と、恐縮気味な店長の木村和幸さん。いえいえ、きれいに手入れされたカウンターテーブルに整然と並べられた箸、調味料。長年大事に使われてきて、とてもいい味わい。
もりそばも名前を変えてつけ麺として提供している。「もりそばの味を受け継ぎつつ、創業者の田中なりに進化させていったものです。より麺を食べてもらいたいということで、今風にアレンジしてこってりしたスープになっています」と木村さん。
ちょっと寂しい感じもするが、時代に合わせて変えていくことも進化のひとつ。それでは、つけ麺をいただきます!
ずっしり盛られた麺を見ただけでも、「美味しい麺をたくさん食べてほしい」という山岸マスターから連綿と受け継がれた精神が伝わる。「小麦粉はグルテンの強いもの、タンパク質が多いものを使っています。加水率が高めでコシが強くてもっちり感があるのが特徴ですね」。
木村さんに伺うと、創業当時の自家製麺は、店舗が増えたことから、味のブレがないよう工場で一括して作るようになったとのこと。赤羽店のほかに、渋谷店、新宿店、西荻窪店とすべての店に同じ麺が届くわけだ。
同じ麺を使っても店舗によって違うという。「店舗で茹で麵機も違いますし、茹でる環境が違います。だから店舗によって茹で時間も変えています。いま赤羽店では、つけ麺7分、ラーメンは5分で茹で上がります。一番いい茹で上がりを目指してるんです」。
木村さんが言うには、季節によって加水率を変えたり、小麦粉も国産と海外で配合を変えたり、粘り気が強い粉、あっさりしている粉をその時期に合わせて選んだりしているそう。
「夏場は切刃も変えてます。食欲が落ちる時期、食べやすくするためにほんの少し細くするんです。常連さんなら食べればわかりますよ」。これは、季節で食べ比べしないと!
ラーメンは「鶏ガラ豚ガラ人ガラ」。継承され日々進化する味
スープは豚骨と鶏ガラに鯖節と煮干しなどを加えて、最後にもう一度、追い鯖節・煮干しで魚介が強く感じられるように仕上げているそう。「鶏と豚、鯖節や煮干しのバランスをうまく考えて、こってりだけど、かつ食べやすいのがうちのスープの特徴ですね」
たしかにベースの鶏と豚も濃厚だけど、魚介もかなり強めにでている。あっさり食べられるのは追い節のおかげなのか。そのスープの中から具を発見。
麺やスープだけでなく、具にも「たくさん食べてほしい」という想いが詰まっている。すでに麺半ばにしてお腹いっぱいだ。小食の方、女性向けには麺少な目のちょいつけ麺(180g)も用意されているのでご安心を。
最後の人ガラが染みる、心の味がここにある
各店で春夏秋冬、四季に合わせて限定商品も提供している。赤羽店の冬限定メニューは生姜味噌ラーメン。「赤羽店オリジナルで、私が作ったものです」と木村さん。さらに「考えるのは勉強にもなりますから」と、ラーメンに向き合う姿勢も『大勝軒』ならでは。
乗換駅ということもあり、人の流れが多い赤羽駅前。常連客以外にも、たまたま前を通って「あ、ここに『大勝軒』があるんだ」と気づいて入ってくる、新規のお客さんも多いという。
『大勝軒』の味を求めてくる方にも満足してもらえるように、木村さんが大切にしているのは「一番は精神だと思います。うちは『大勝軒』っていうブランドでやってますからね」
そういえば、先ほど麺をすすったとき、ほんのり人肌だった。「うちのスープはこってりしてるので冷めやすいんです。だから、冬はスープを熱々にして、麺は少し緩めの〆加減に。あつもりで食べる常連さんも多いですね。逆に夏は麺をキンキンに冷やしてます」
そんなきめ細やかな心配りは、ちゃんと人にも伝わるようだ。「うちの常連さんでも本当に分かっている方がいて、茹でているスタッフを見てるんですよね。今日はあの人か、今日は店長かとか。今日は違うなって帰られる方もいるんですよ」
「ラーメンは鶏ガラ・豚ガラ・人ガラ」という山岸マスターがよく言われた言葉がある。ラーメンは人を移す鏡。木村さんがしっかり学んだ精神は、たしかな心の味として映し出されていた。旨い、忘れられない味だ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代