「赤羽に旨いものあり」山岸マスターの言葉を抱きて麺すする

赤羽駅東口から徒歩2分。パチンコ店や飲み屋が並ぶ路地にある。大勝軒と書かれた看板が遠めからも目立つ。
赤羽駅東口から徒歩2分。パチンコ店や飲み屋が並ぶ路地にある。大勝軒と書かれた看板が遠めからも目立つ。

2007年3月惜しまれつつ「東池袋大勝軒」が閉店。田中さんは、わずか4か月後の7月29日北赤羽で『大勝軒まるいち』を創業。この店はすでに閉店しているが、2008年には2号店となる現赤羽店をオープンさせている。まずは、この店に残る大勝軒の系譜を辿ってみよう。

入り口の券売機の上から始まり、店内随所に山岸一雄氏の書が掲げられている。
入り口の券売機の上から始まり、店内随所に山岸一雄氏の書が掲げられている。

「麺 絆 心の味」「赤羽に旨いものあり」など山岸マスターの書を眺めていると、実に感慨深い。2022年で創業から15年、赤羽店は14年の年月が経っている。

写真を撮らせていただいていると「あちこち古くなっていて……」と、恐縮気味な店長の木村和幸さん。いえいえ、きれいに手入れされたカウンターテーブルに整然と並べられた箸、調味料。長年大事に使われてきて、とてもいい味わい。

カウンター20席。通路を挟んで調理場向きと壁向きにそれぞれ席があり、どちらを向いても山岸マスターの書がある。
カウンター20席。通路を挟んで調理場向きと壁向きにそれぞれ席があり、どちらを向いても山岸マスターの書がある。
卓上には胡椒、一味唐辛子、醤油、酢、ラー油、豆板醤、おろしニンニクなど。
卓上には胡椒、一味唐辛子、醤油、酢、ラー油、豆板醤、おろしニンニクなど。
店長の木村和幸さん。『武蔵浦和ラーメンアカデミー』で責任者を務めてラーメンに目覚め、憧れの大勝軒継承の店へ。
店長の木村和幸さん。『武蔵浦和ラーメンアカデミー』で責任者を務めてラーメンに目覚め、憧れの大勝軒継承の店へ。

もりそばも名前を変えてつけ麺として提供している。「もりそばの味を受け継ぎつつ、創業者の田中なりに進化させていったものです。より麺を食べてもらいたいということで、今風にアレンジしてこってりしたスープになっています」と木村さん。

ちょっと寂しい感じもするが、時代に合わせて変えていくことも進化のひとつ。それでは、つけ麺をいただきます!

つけ麺850円。並盛で麺量は茹で後600gとボリューム満点。やや黄色い玉子色でつやつやなめらか。すすり心地がいい麺だ。
つけ麺850円。並盛で麺量は茹で後600gとボリューム満点。やや黄色い玉子色でつやつやなめらか。すすり心地がいい麺だ。

ずっしり盛られた麺を見ただけでも、「美味しい麺をたくさん食べてほしい」という山岸マスターから連綿と受け継がれた精神が伝わる。「小麦粉はグルテンの強いもの、タンパク質が多いものを使っています。加水率が高めでコシが強くてもっちり感があるのが特徴ですね」。

木村さんに伺うと、創業当時の自家製麺は、店舗が増えたことから、味のブレがないよう工場で一括して作るようになったとのこと。赤羽店のほかに、渋谷店、新宿店、西荻窪店とすべての店に同じ麺が届くわけだ。

麺はラーメンと兼用。店舗で打っていた自家製麺が今はセントラルキッチンで進化し続ける。
麺はラーメンと兼用。店舗で打っていた自家製麺が今はセントラルキッチンで進化し続ける。

同じ麺を使っても店舗によって違うという。「店舗で茹で麵機も違いますし、茹でる環境が違います。だから店舗によって茹で時間も変えています。いま赤羽店では、つけ麺7分、ラーメンは5分で茹で上がります。一番いい茹で上がりを目指してるんです」。

木村さんが言うには、季節によって加水率を変えたり、小麦粉も国産と海外で配合を変えたり、粘り気が強い粉、あっさりしている粉をその時期に合わせて選んだりしているそう。

「夏場は切刃も変えてます。食欲が落ちる時期、食べやすくするためにほんの少し細くするんです。常連さんなら食べればわかりますよ」。これは、季節で食べ比べしないと!

ラーメンは「鶏ガラ豚ガラ人ガラ」。継承され日々進化する味

スープは豚骨と鶏ガラに鯖節と煮干しなどを加えて、最後にもう一度、追い鯖節・煮干しで魚介が強く感じられるように仕上げているそう。「鶏と豚、鯖節や煮干しのバランスをうまく考えて、こってりだけど、かつ食べやすいのがうちのスープの特徴ですね」

たしかにベースの鶏と豚も濃厚だけど、魚介もかなり強めにでている。あっさり食べられるのは追い節のおかげなのか。そのスープの中から具を発見。

ネギとナルトが浮かんだスープの底からゴロッとしたチャーシュー。
ネギとナルトが浮かんだスープの底からゴロッとしたチャーシュー。
コリコリと食感がいいメンマ。
コリコリと食感がいいメンマ。

麺やスープだけでなく、具にも「たくさん食べてほしい」という想いが詰まっている。すでに麺半ばにしてお腹いっぱいだ。小食の方、女性向けには麺少な目のちょいつけ麺(180g)も用意されているのでご安心を。

最後の人ガラが染みる、心の味がここにある

各店で春夏秋冬、四季に合わせて限定商品も提供している。赤羽店の冬限定メニューは生姜味噌ラーメン。「赤羽店オリジナルで、私が作ったものです」と木村さん。さらに「考えるのは勉強にもなりますから」と、ラーメンに向き合う姿勢も『大勝軒』ならでは。

乗換駅ということもあり、人の流れが多い赤羽駅前。常連客以外にも、たまたま前を通って「あ、ここに『大勝軒』があるんだ」と気づいて入ってくる、新規のお客さんも多いという。

『大勝軒』の味を求めてくる方にも満足してもらえるように、木村さんが大切にしているのは「一番は精神だと思います。うちは『大勝軒』っていうブランドでやってますからね」

山岸一雄氏の書「赤羽に旨いものあり特もりのわすれられないそばの味」。
山岸一雄氏の書「赤羽に旨いものあり特もりのわすれられないそばの味」。

そういえば、先ほど麺をすすったとき、ほんのり人肌だった。「うちのスープはこってりしてるので冷めやすいんです。だから、冬はスープを熱々にして、麺は少し緩めの〆加減に。あつもりで食べる常連さんも多いですね。逆に夏は麺をキンキンに冷やしてます」

そんなきめ細やかな心配りは、ちゃんと人にも伝わるようだ。「うちの常連さんでも本当に分かっている方がいて、茹でているスタッフを見てるんですよね。今日はあの人か、今日は店長かとか。今日は違うなって帰られる方もいるんですよ」

山岸一雄氏の書「麺 絆 心の味」。
山岸一雄氏の書「麺 絆 心の味」。

「ラーメンは鶏ガラ・豚ガラ・人ガラ」という山岸マスターがよく言われた言葉がある。ラーメンは人を移す鏡。木村さんがしっかり学んだ精神は、たしかな心の味として映し出されていた。旨い、忘れられない味だ。

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代