浅草の街に愛された昔ながらの洋食店
「私が27歳の時におとうさん(先代のシェフ)がお店を開いてだから……もう、創業55年よ。だからこの辺ではかなり長い方になるね」
御年82歳になるという、「おばあちゃん」こと冨樫幸枝さんは元気にこう語ってくれた。
1967年に創業した『グリル佐久良』は最近では少なくなってきた洋食オンリーの専門店。
メニューを見れば、定番のハンバーグステーキにエビフライ、コロッケやチキンソテーなどの昔ながらの洋食メニューのオンパレード。ファミリーレストランが流行する前から浅草の街に根付いてきた、一品一品すべて手作りのクラシカルな洋食屋さんである。
「浅草って言ってもね、昔とはお客さんの雰囲気も変わったし、若い人が増えたりもしたし……お客さんはたくさん来てくれましたよ」と、幸枝さんが語るように、お店は浅草3丁目内のいわゆる知る人ぞ知るという感じのレストランで、初見では気付かずに通り過ぎてしまうことも。
そんな雰囲気のレストランながら、確かな味わいを求める根強いファンに支えられ、週末のランチタイムともなるとすべての席が埋まり、行列ができることもあるという。それだけ『グリル佐久良』の味が浅草の街に根付いている証と言えるだろう。
地道で丁寧な調理が「ビーフシチュー」の決め手に
店内を拝見すると、所狭しと並ぶのがお店の歴史を彩る写真と芸能人のサイン。以前この周りにステージがあったため、出番を終えた芸人たちがこぞってやってきては腹ごしらえをしていったという。
そしてお店の写真は幸枝さんの半生とほぼイコール。お店を始めた先代オーナーである旦那さんやご家族との写真が並び、どこかほほえましい気持ちになる。
そしてその写真を見ていると……目の前には、幸枝さんにそっくりな女性がいた。
彼女こそが現在の『グリル佐久良』の調理を仕切るシェフ、荒木優花さん。幸枝さんのお孫さんである。
「おじいちゃんやおばあちゃんが働く姿が好きで、中学生のころからお店でお手伝いしていた」という優花さんはシェフの道を目指して一直線。調理師学校を卒業後すぐにお店に入り、12年ほど前から独り立ちする形でお店の厨房を担うことになったという。
わずか20代前半にしてお店を継ぎ、伝統ある店を守り抜いてきただけにその腕前は抜群。それだけにメニューの人気は衰えることなく、創業当初からの人気メニューである「ビーフシチュー」は未だに不動の人気を誇る。
柔らかい舌触りを目指したメインの牛肉は信州りんご牛というブランド牛をブロックから長時間かけて煮込むというのがこのお店の伝統。牛を煮込む際にはアクや余分な脂が出てくるのはつきものだが、優花さんはそれをすべて丁寧にすくって取っていく。
「それが味の決め手なんです」と、優花さんがいうように手間暇をかけることがこのビーフシチューの味のポイントに。いただいたビーフシチューはトロトロに煮込まれ、余分な脂がすべて取り除かれているので見た目以上にヘルシーな味わいに。
老若男女問わずに大好きな食べると思わずにこりとしてしまう味わいで、ずっと変わらず『グリル佐久良』の人気メニューであるのも頷ける。
私たちができることは最高の料理を提供すること
ひとつひとつの手間を惜しまず、昔ながらの洋食を守り抜いてきた『グリル佐久良』。浅草ならではの隠れたグルメと言えるが、お店の魅力を改めて幸枝さんに伺うと「そういうのは私じゃなくて、お客さんが決めることよ」と、微笑みながら語ってくれた。
「私ができることは、孫と一緒に来てもらったお客様に対して最高の料理を一生懸命に作って提供するだけなんですよ。食べてもらったあとにお客様が『ごちそうさま、ありがとうね』と、言ってもらえればそれだけでうれしいんです」という幸枝さんの美学ともいうべき思い。それは孫の優花さんにも受け継がれている。
ちなみにここまでお話を伺ってきた幸枝さんも優花さんも残念ながら写真NG。お二人が元気で働く姿はぜひお店で確認してみて欲しい。
構成=フリート 取材・文・撮影=福嶌弘