小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

「おもてなし」の原義は接遇とは関係ない!?

小野先生 : 「おもてなし」ということばは、「もてなす」の名詞形「もてなし」に、美化の接頭辞「お」がついて、「おもてなし」になりました。
「もてなす」の原型は、「も(持)ちて、な(成)す」です。あることを手段にして(〇〇をもって)、何かを成立させるという意味です。

筆者 : はじめから「接待する」という意味があったわけではないのですね。

小野先生 : はい。「もてなす」「もてなし」は良い意味ばかりではありませんでした。10世紀後半の『落窪物語』には「すげなくのみもてなし」という例があります。現代語でも「冷たいもてなし」と言えば、あまりよくない扱いをされたことが、伝わるのではないでしょうか。
もっとも現代の「もてなし」は、主に「人に対して、その人の望む結果が得られるようにしむけること」意味で用いられています。いわゆる「手厚い接遇」という意味で、これは室町時代ごろからだと言われます。

日本が世界に誇れる「おもてなし」とは?

筆者 : 滝川クリステルさんが五輪招致の場で述べたように、私たちの中には日本が「おもてなし」の国だという意識はありますよね。
しかし、外国でも手厚い接遇は受けられます。英語の「Hospitality」などのことばとは、違うニュアンスがあるのでしょうか。

小野先生 : 「以心伝心」という言葉もあるように、日本の文化は「悟りの文化」です。相手が何も言わなくても、相手の求めることを察知して行動することが、良しとされます。これこそが「おもてなし」の精神であり、それができる民族だと考えられてはいますよね。

筆者 : なるほど。外国でははっきり要求を伝えなければ意思を理解してもらえない、とよく言われますし、経験上そのとおりだと思います。

小野先生 : 「おもてなし」の精神が他の国にはないとは思いませんが、アジア諸国や欧米と比べたときの、日本の特徴とは言えます。
外国の人を接遇するとき、日本的なところを守りつつ、客人の風土や文化に合わせてアレンジするのは「おもてなし」的です。

筆者 : 一方的な押し付けではなく、相手を理解しようとする接遇の姿勢がおもてなしであると。

小野先生 : そういった意味で、『美味しんぼ』の海原雄山は「おもてなし」の精神を熟知している人です。言動は傲慢だけれど、食べる人の心を理解せよと教えてくれます。

筆者 : おおっ、あの名作グルメ漫画に!? コミックを読み返して勉強します!

取材・文=小越建典(ソルバ!)