小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

「がんばる」は逆境に立ち向かうことば

小野先生 : 「がんばる」の語源は「眼張る」です。目を見開いて、何かをしっかり見据える、またはじっとしてその場から動かないことを言いました。そこから、「困難に屈せず耐え忍ぶ」ことを指すようになります。さらに、周囲から反対や批判を受けても、負けまいと自分の主張を貫くなどの意味変化が起こります。
やがて「頑強」「頑固」などの連想から、「頑張る」という表記が宛てられるようになりました。ちなみに「我張る」の語源説もありますが、「我を張る」のような表現は別ルートでできたことばで、「頑張る」とは後に混線したと考えるのが妥当です。

筆者 : 「目を見開いて」とは歌舞伎の見栄のようですね。

小野先生 : はい、まさに歌舞伎のような感じです。「眼張る」は江戸時代にできた比較的新しいことばで、この時代に「目を見開いてじっと動かない」姿が特別な意味を持つようになったのでしょう。見栄は歌舞伎の決めポーズですから。

筆者 : スポーツなどの応援で「がんばれ!」と言いますが、「じっと動かない」とはイメージが遠いです。

小野先生 : 「逆境に負けずに耐えて」「苦しくても力を振り絞って」という意味合いでしょう。ペンギンが、強い風のなかでじっと立っている映像をみることがありますよね。あんな感じです。
北京オリンピックが開催されている中国では、「加油(ジャヨウ)!」と声援を送ります。要するに「ガソリンを入れる」→「エネルギーを加える」ということです。
英語では「Cheer up!(=元気を出せ)」、イタリア語では「Forza!(=力)」などと応援します。いずれも背中を押す意味合いが強いので、本来の「がんばれ」とはニュアンスが違いますね。

筆者 : 「がんばれ」は逆境や苦しい状況が前提にあるのですね。外国語と比べてみると、日本人の感覚は特別なのかも……。

すでにがんばってきた人にかけることばは?

小野先生 : 目を見ひらいて、対象から目をそむけずに、揺るがない。この季節、受験生たちに望みたい態度です。しかし近年では、「がんばりすぎる」ことの弊害も指摘されます。

筆者 : 「がんばらない介護」などと言われるように、必ずしも「がんばる」ことだけが美徳ではなくなっていますよね。
すでにがんばっている人に、さらにがんばれと言うと、励ますより追い詰めてしまうことがあると言われます。置かれている状況が逆境で、しかも「耐えろ」と言われているとすれば、滅入ってしまう気持ちもわかります。

小野先生 : 学生と接していても、そう感じることがあります。「がんばれ」より「がんばったね」と、努力をねぎらう必要があります。

筆者 : そうは言っても、試験に挑む受験生や、競技を戦う選手に全力を尽くしてほしい、という気持ちはありますよね。「耐えて!」ではなく「加油!」の意味で背中を推したい……。

小野先生 : 「あと少し!大丈夫」のように間接的な表現が、日本語的ではないでしょうか。はっきりと「力を出して」とは言わないけれど、「あと少し」でその気になってくれます。これまで積み重ねた努力を、認める表現でもありますから。

筆者 : なんだか、がんばれそうな気がしてきました(笑)。オリンピアン、受験生、そして勝負のときを迎えるみなさん、「あと少し!大丈夫!!」 。

取材・文=小越建典(ソルバ!)