将棋にハマった店主は初段獲得。将棋モチーフのアイテムも増加中

店内には藤井聡太さんのグッズがディスプレイされている。店主の私物だ。

古い建物の閉まりの悪いドアを開けて、まずは聞かなくてはならない。なぜ将棋の駒が洋服屋に飾られているのか。店主の後藤慶光(ごとうよしひこ)さんは答えてくれた。

「7年前ぐらいから将棋にめっちゃハマってて、今年、なんとか初段を取ったんですよ」。ルールは大人になってから知ったという。それで初段にまでなるのだから、ハマりっぷりのレベルもかなりのものだ。

後藤さんのブランド「ラッキー大吉」のピアス。身に着けると一歩ずつ前進できそうな気がする。

将棋の駒を使ったピアスなどを作り始めたのは、将棋のルールを知る前のこと。最初は素材としてだけ見ていたが、お客さんに将棋のことを尋ねられたことをきっかけに勉強を始めて、どハマり。将棋の勉強・研究はもちろん、店にプロ棋士の羽生善治さんや藤井聡太さんのグッズを飾り、将棋の駒をデザインしたオリジナルのMA1ブルゾンまで作ってしまった。

将棋の駒をモチーフにしたMA1ブルゾンは自信作。

「将棋の戦術にも流行があって、そういうところは洋服と似ています。400年ぐらい歴史のあるゲームなのに必勝法が出ていないことや、棋士もユニークな人が多いんですよ」と将棋の魅力や背景について話す言葉には明らかに熱がこもっている。

カウンターの中でミシンがけに勤しむ店主、後藤慶光さん。

後藤さんが、この場所に店を開いたのは若干23歳だった2008年のこと。服飾専門学校在学時から2年半ほど高円寺の古着店でアルバイトをしていたが、ある日、その古着店のオーナーから言われた。「近くの物件が空いたから、そこに店を出したらいいんじゃない?バイトより自分でやった方が楽しいよ」。独立したいとは全く思っていなかった後藤さんだったが、その言葉に背中を押され、友人と2人で今の場所に店をオープンした。

店名は、人間が声に出して気持ちがいいのは5文字と聞いたことから、“ひとみしり”か“はやとちり”が候補となった。友人が「俺は人見知りじゃないから」と言ったことと、ファッションを先追いする意味を込めて『はやとちり』に決まった。その後、友人はかねてより希望していたスタイリストの道へ進み、後藤さんはオリジナルの洋服を作りながら『はやとちり』を続けている。

ユニークなストーリーのある作家の一点ものはコレクションする人も

普段は着ぐるみを作っている作家が作るブランド「Co.2」の1点もの。右の帽子は獅子舞がモチーフ。

現在『はやとちり』で販売されている商品は、日本の古着が半分。残りは後藤さんのオリジナルブランド「ラッキー大吉」と国内の作家7人、シンガポールとイギリスに住む作家3名ほどが手がける服や帽子、バッグなどがある。オープン当初は古着とオリジナルがほとんどだったが、紹介や展示会などで出会った作家の作品を扱うようになり、その割合が増えていった。

特に作家ものは、唯一無二のデザイン、色使いに目を奪われる。「服の作り方が独特なものが好きなんですよ。作る人のおもしろさが出ていると思います」。

「bodysong.」のパンツはジャガード織のテキストから作っている。

ただ、この服は一体どんな状況で着るものか。そう思ってしまうアイテムも中にはある。「買ってくれたアイテムを着ているのを見たことがない常連の男性客がいて、素直にどうしているのか尋ねたことがあります。インテリアのように家に飾ってくれていると言ってくれて、そんな風に楽しんでくれているのかと驚きました」。

見覚えのある気がするワンピースは6万8000円。着ぐるみを作る仕事をしながらオリジナルの服を作る「odayaka」のもの。

『はやとちり』で扱う洋服の作り手は、ユニークなバックグラウンドを持つ人も多い。テキスタイルからデザインして、アイドルグループやアーティストの衣装を手がけているデザイナー、着ぐるみを作る工場で働きながら、その技術を生かした立体的な帽子を作る人、障害者施設で働きながら障害のある人が描いたイラストを刺繍した服を作る人、古いレコードを使ったバッグを作る女性サックス奏者など。

大阪の障害者福祉施設で働くデザイナーが作っている「PALETTE」の刺繍入りスウェット。絵柄は福祉施設で作業する方によるもの。

つまり、他にはないデザインの背景にはストーリーがある。だからコレクションする人がいるのも頷けるし、自分が作ったものを同じように店に置いてもらいたいと考える人が現れるのだろう。異空間のような店内で、ふと手にしたアイテムが、作り手の思いや素材の背景に共感できる出会いになる。そんなことを期待して訪れてみたい。

住所:東京都杉並区高円寺北3-4-11 キタコレビル/営業時間:平日15:00~20:00 土日祝13:00~20:00/定休日:水・木/アクセス:JR中央本線高円寺駅から徒歩3分

取材・撮影・文=野崎さおり