明るくモダンな空間でパンをひとつひとつ選ぶ
『ダンディゾン』はパン店らしからぬスタイリッシュな佇まいでお客さんを迎えてくれる。あえて地下に店を構えている理由は、パンが外気の影響を受けるのを避けるためだそう。吉祥寺駅からは徒歩10分。にぎやかな駅前から少し離れた、大正通りの輸入玩具店の角に入る小道の先にある。
大きな扉の中に足を踏み入れると地下とは思えない明るい空間が広がる。窓から差し込む光は心地よく、静謐な空気が流れている。ガラスのショーケースには百貨店の1階の宝石売り場のようにパンが並べられ、奥のラックには焼きあがったばかりのパンが次々と運ばれてくる。
パンをピックアップしてくれるのはショーケース越しに立つスタッフだ。1組のお客さんに1人のスタッフがつき、パンの相談にのってくれたり、わからないことや気になることがあれば、丁寧に教えてくれたりする。ブティックのような接客スタイル、と言えば近いだろうか。
BE20、BL30。不思議な食パンの名に品質への矜持を見る
「みなさんが定番で買っていかれますのはBE20、BL30ですね」。ビーイーニジュウ? ビーエルサンジュウ? 店長の森さんは2種類の小ぶりな食パンを指さしている。気になりすぎる名前の意味とは。
「BE20は、よつ葉バターとお水で作った食パンです。フランス語でバターを意味するBeurre(ブール)の“B”、水を意味するEau(オー)の“E”。バターは粉に対して20%の分量です。バターと水の頭文字と、粉に対するバターの量20%。そこからBE20という名前になりました」
「BL30は、よつ葉バター30%と牛乳で作った食パンです。バターの頭文字“B”と牛乳を意味するLait(レ)の“L”。そしてバターの分量は30%。それがBL30というわけです」
いずれも材料をそぎ落とした、極めてシンプルな食パン。余計なものはいらない。そんな矜持をネーミングから垣間見る。
『ダンディゾン』は透明のガラス越しに厨房を見せている。職人さんの頭の先から足元まで。素材から製法まで。ごまかしも妥協もありません。そういう態度を宣言している。
BE20を少しいただく。バターの風味はほんのりと、歯触りはやわらかい。「トーストやサンドイッチにどうぞ」と森さん。飾り気のない素朴な味わいがどんな料理も引き立ててくれそうな予感。
BL30のほうは香り高く、口に入れるとバターと牛乳の存在を感じるようなコクがある。心地よい口どけとほのかに甘い小麦の余韻にひたる。何もつけなくてもおいしい。少しトーストしてもいい感じだろう。「ジャムやハチミツとも合わせるのもおすすめですよ」。森さんの言葉に楽しい妄想が広がる。
食事に合うパンはもちろん、散歩のお供にもばっちりなおやつ系のパンも豊富。幸せを紙袋いっぱいに詰めて帰ろう。
日常のパン。だからこそきちんと選びたい
「みなさん毎日毎日、パンを食べすぎです! パンを食べるのはときどきでいいのですよ」。オーナーの引田かおりさんは言う。「日本にはお米もお餅もあるでしょう…? 」。少しだけがっかりしている様子でもある。
引田さんの真意を手繰り寄せるうちにハッとする。そうか。確かにパンを食べすぎだ。忙しいから。手軽だから。大した理由もなくパンを食べている。でも引田さんが、『ダンディゾン』が作るパンは違う。たくさんあるお店の中から、明確な意志で選んで買いに行くパンなのだ。
「ハレとケの日ってあるでしょう。うちはケの日のパンなのですよ。日常の延長で、わくわくする素敵な場所で、安心して食べられるパンを自分も買いたいなと思ってこのお店をオープンしました」
引田さんの哲学が詰まった妥協なきベーカリー『ダンディゾン』。一度足を運べばまた思うだろう。「今日は『ダンディゾン』のパンを食べよう」。何でもない日がきっと特別になる。
構成=フリート 取材・文・撮影=宇野美香子