南インド料理に魅せられて店をオープン
下北沢駅から歩いて1分、南口商店街沿いのビル5階。一見すると古着屋か何かと思ってしまいそうな、おしゃれでインパクトのある黄色い看板を目指した先に『スパイスキッチン ムーナ』はある。
バーなどの飲食店で経験を積んできた店主の諏訪内さんが、この店をオープンしたのはある料理との出合いだった。それが、東京のインド料理店の先駆けである『アジャンタ』で食べた南インドのカレー。当時は今ほど日本にカレー専門店の種類がなかった中で、ライスと一緒に味わうスパイスの効いたカレーは衝撃的だったという。
その出合いをきっかけに「日本人が作る南インドカレーの店を開きたい」と強く思うようになり、本場インドに訪れて現地のカレーを味わったり、カレー屋で修業を積んだりと経験を積み、2007年に店をオープンした。
オープン当初は南インドの本場のレシピにこだわった料理を提供していたが、日本の気候や風土との差を考えたときに「縛られる必要はないのでは」と感じ始めた。それからは日本の四季に合った調理法や素材に合わせてメニューの改良を重ねたところ、南インド料理というベースは変わらないものの、いつしか枠にとらわれない自由なエスニックメニューが増えていった。
現在では、気候ごとに春夏が本場の南インド料理、秋冬はその他のエリアのインド料理を中心に提供している。
旬の魚で味わいが変わる海鮮カレーが人気
少しずつ新しいメニューが開発されていく過程で生まれ、いまでは店の顔とも言える人気メニューとなったのが海鮮カレーだ。カレーソースは海鮮との相性を考えてヘビーさをなくし、厳選したスパイスのみを使ったシンプルですっきりとした味わいに仕上げている。
旬の魚を使った海鮮カレーは、季節ごとに最も脂がのった魚の旨みがスパイスと絡み合う。まろやかな辛さだが、食べ進めるうちにスパイスが徐々に体を温めてくれる。かき込めるようにサラサラとしたカレーは、「海鮮の旨みとカレーのスパイスがこんなにも合うものか」と驚かされる。そうこうするうちにあっさりと平らげてしまい、少し名残おしい。がっつりとした肉系のカレーを好む人にもぜひ新しい扉を開いてみてほしい一皿だ。
カレーといえば肉のイメージが強いが、諏訪内さんは「インドの海岸沿いで食べた、魚を使ったカレーがとても美味しくて。お客さんにも本場の味を食べてほしいと思いました」と話す。インドに足を運ばずとも、本場インドの味や食文化に触れられるのはうれしい。
呑んだあとは“一皿のカレー”で〆る!
ランチでは野菜料理とカレーがセットになった定食を提供するが、“呑めるカレー屋”とうたう同店ではディナーのみ味わえるカレーセットも好評だ。多彩なおつまみメニューの中から店を代表する7品の前菜の盛り合わせと、〆には選べるカレーを1人前しっかりと味わえる。
ちょっとずつ色んなものを食べたい人や、料理と一緒にお酒を飲みたい人には理想のセットといえるだろう。
前菜のおつまみは、オリーブマリネ、海鮮ピクルス2種、鯖ディップ、野菜の香酢漬け、野菜の包み揚げ、炙りポーク黒ソースというラインナップ。取材時には包み揚げの野菜にさつまいを使っているなど、季節によって使用する食材も変化。また、料理はすべて食材のおいしさを引き立たせるスパイスを組み合わせて使っている。
さまざまなエスニック料理から発想を得た独自性の光る料理たちは、ピリリと効いたスパイスが食べ慣れた食材でもまったく新しい味わいに感じさせてくれた。また、〆のカレーはチキンカレー、豆カレー、海鮮カレーから選ぶことができるので、その日の気分に合わせて選ぼう。
カレーセットと一緒に堪能したいお酒は、インド産のビールやワインを始め、ベトナムやネパールなどアジア地域の珍しいお酒を中心に取り揃えている。そのため、お酒を目当てに通の人もしばしば訪れるそう。料理をちびちびとつまみながらお酒を呑めば、少しくらいの嫌な出来事はあっさり忘れられてしまいそうだ。
多彩なスパイス料理を展開する同店だが、“エスニック”という枠は決してはみ出さない。また、「ストレートにカレーのおいしさを感じてほしい」と、食材に合わせて厳選のスパイスのみを引き算して使う料理方法からも、諏訪内さんの揺るがない南インド料理への愛を感じられた。
エスニックな風が吹きながら、まるで呑める蕎麦屋のような大衆的な雰囲気も併せ持つ不思議な同店。そんな、インドと日本の文化が融合した店内でゆっくりと〆カレーを味わってほしい。きっと、一度体験した人から虜になってしまうこと間違いないだろう。
取材・文・撮影=稲垣恵美