小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

「ふらふら」「ぶらぶら」の違いとは?

小野先生 : オノマトペは、清音と濁音、半濁音があるかどうかという点から理解していきます。濁音は濁点「゛」を使って表される音、半濁音は「゜」。清音はどちらも使わず仮名だけで表される音です。

筆者 : 「ぶらぶら」は濁音が使われています。清音だけだと「ふらふら」になりますね。

小野先生 : はい。半濁音の「ぷらぷら」もありますが、今回は省略します。
「ふらふら」と「ぶらぶら」を比べてみてください。「ぶらぶら」のほうがエネルギーを感じませんか?  反対に「ふらふら」には無力感、虚脱感があります。

筆者 : 確かに、濁音がつくことで、ことばが力強くなる気がします。「ぶらぶら歩く」には自分の意思を感じますが、「ふらふら歩く」は成り行きや、何か別の力によって「歩いてしまっている」ような意味合いにとれます。

小野先生 : おっしゃるとおりの効果が、濁音にはあります。
「ぶらぶら歩く」行為に、行き先や当面の目的はありませんが、足の向くまま気の向くまま、まぎれもなく自分の意思で歩いていますね。その先に「何かおもしろいモノが見つけられれば」といった期待感も感じられます。

筆者 : 確かに! まさに「散歩」の歩き方です!!

「ぶらり」に感じられるストーリー性

小野先生 : もう少し、「散歩」らしい表現を考えてみましょう。ひとつ音を加えるだけで、ことばの印象はかわります。
例えば「ぶらっと」はどうでしょう? 「ぶらっと出かける」と表現すると、まさに玄関から一歩踏み出す、その瞬間を描写しているように感じませんか? 「ぶらっと出かけた」なら、瞬間的な決断のもとに出かけてきた感じがします。
「っ」で表現する促音は、実際には何かを発音しているわけではありません。音楽で言う四分休符のようなもので、発音を止めることで、いったんことばを切っています。

筆者 : なるほど。だから、時間的に限られている感じがするのですね。散歩とはちょっと印象が違うかもしれません。

小野先生 : 「ぶらり」のほうが、散歩らしいのではないでしょうか? 「ぶらりと出かける」という表現には、歩きはじめる瞬間だけではなく、その先に起こること、継続性がより感じられます。

筆者 : はい。先生のおっしゃる「期待感」も「ぶらり」のほうが強くなる気がします。

小野先生 : 「ぶらりと出かけた」とすれば、玄関を出てから現在まで、時間の流れが意識されます。「ぶらり」と付くテレビの番組名にもありますが、ネーミングには必然性があるのです。

筆者 : 散歩している間の出会いや、ストーリーを感じますね。ちょっとその辺ぶらりとしてきます!

取材・文=小越建典(ソルバ!)