『時かけ』のあらすじをおさらい
“『時かけ』散歩”に出かける前に、まずは簡単にそのストーリーを振り返ってみる。
高校2年生の紺野真琴はある日、理科実験室に落ちていたクルミの実を割ってしまい、過去に戻ることができる「タイムリープ」の能力を手に入れる。時を遡って妹に食べられてしまったプリンを食べたりカラオケを満喫したりと、他愛もないことにタイムリープを活用する真琴。クラスメイトの千昭(ちあき)、功介とともに平和な日々を送っていた。しかしその後、千昭が自分に好意を抱いていることや彼がタイムリープをして未来からやってきたことを知り……。
夏休みを前にした高校が舞台のため、開放感にあふれた雰囲気もこの映画の魅力。元気一杯のヒロイン真琴が瑞々しく生き生きと描かれた。そして、彼女が天真爛漫すぎるゆえに物語は終盤、実に切ない展開に向かってゆく。筆者が今作を見たのは公開の翌年だった。その頃はとっくに20歳を超え大人になっていたが、高校生の胸キュン話に胸をときめかせ、映画が終わった後はズーンと心に重たいものが残ったことを覚えている。こうやって、『時かけ』に思いを馳せている今も、なんだか切ない気持ちに……。気持ちが高まってきたところで、そろそろ真琴とともに聖地を散歩してみよう。
映画の最初と最後にも登場。作品の爽やかさを象徴する球場
まず訪れたのは哲学堂公園だ。映画のオープニング、エンディングで真琴たちが野球をしていた球場がある場所だ。哲学者井上円了が作ったこの公園は緑豊かでテニスコートや弓道場なども有するが、この公園のシンボルとなっているのが、真琴がマウンドに立っていたこの野球場。
映画では土のグラウンドだったが、今は人工芝の球場になっていた。2020年の大リニューアルで、緑が眩しい美しい球場に生まれ変わったのだ。つまり『時かけ』の土のグラウンドはもう見ることが叶わない。少し残念に感じたが、散歩に出かけた日は土曜日ということで朝から野球を楽しむ人々の姿があった。真琴や千昭がケンカしながら、ふらっとやって来そうな臨場感を感じられる。
哲学堂公園は球場以外にも見所が多く、静かで落ち着いた雰囲気で散歩にもってこいだ。都営大江戸線の落合南長崎駅、西武新宿線の新井薬師前駅が最寄り駅だが、どちらからも10分以上かかる場所なので、じっくり散歩を楽しみたい日にチャレンジしたい。
タイムリープの瞬間! あの踏切のモデルは中井
次に真琴と訪れたいのはやはりここ。タイムリープのシーンで何度も登場した踏切だ。中井駅の駅前にある西武新宿線の踏切がそのモデルと言われている。哲学堂公園から歩くと30分近くかかるが、中井は大江戸線落合南長崎駅の隣駅なので電車で移動するというのも手。
駅前には中井商友会という商店街があるが、『時かけ』ファンならこの看板にピンとくるはず。そう、踏切のシーンで登場するからくり時計に形も色もそっくり! 映画では倉野瀬商友会と書かれていたが、誰がどう見てもこの看板がモデル、瓜二つだ。
中井までやって来たらもう一つの聖地にも足を運んでおきたい。駅から徒歩5分のところにある「林芙美子記念館」だ。『放浪記』などで知られる作家・林芙美子が住んでいた住居を記念館としたものだが、ここは主人公真琴の家のモデルと言われている。大きな屋敷は外から見ても雰囲気たっぷりで確かに映画のなかのよう。今にも、バタバタと真琴が駆け出してきそうだ。
大事なシーンの舞台は面影橋から歩いてすぐ
最後に訪れたのは新宿区西早稲田にある面影橋だ。同じ新宿区だが中井からはかなり遠い。それもそのはず、橋を渡ると豊島区に入り住所は豊島区高田になる。中井から行くには西武新宿線高田馬場駅経由で東西線早稲田駅を目指すのが一番行きやすいルートだろう。もちろん足に自信があれば、高田馬場から歩いて行くというのもおすすめだ。
面影橋を渡り右手に折れるとすぐ見えてくるのがこのY字路。こちらも十数年の月日を経て大きく変わってしまっているが、立派な『時かけ』聖地だ。千昭に告白される直前に功介と別れる場所がこの道。真琴がタイムリープを繰り返すため、何度も目にすることになる印象的な場所だ。Y字路に植えられていた木はなくなり、今は駐車場に。それでも周りの建物や道の奥行きは映画のままなので、『時かけ』の雰囲気は十分味わえる。住宅地に突如現れる不思議なY字路に、真琴がタイムリープしてきてくれないかと期待してしまった。
この道を左に入り歩いてゆくと最後の聖地に辿り着く。真琴の家の前にあった急な坂道だ。富士見坂という名前からもわかる通り、その昔は富士山がこの坂道から見えたというが、なるほど実際に歩いてみると驚くほど急で頂上に登るまでに息が切れてしまった。真琴はこの道を毎日自転車で登ったり降ったりしていたのかと思うとスゴい!
坂を登り切るとこの景色が目の前に広がる。見覚えがあると思ったら、真琴が最後のタイムリープをする前に駆け出していったあの風景と完全に一致! 駆け下りながら「いっけええ!」と思わず叫びたくなった。
十数年前の映画の聖地は、さすがに大きく様変わりしていた。野球場は土から人工芝になり、Y字路は駐車場になっていた。それでも散歩しただけで、あの爽やかな青春の舞台にタイムリープできたような心地になれる。「いっけええ!」とはまさか叫ばず走りもせず、富士見坂をゆっくり歩いてゆく。タイムリープはやっぱりできないけど、ときの流れは感じられるようになったなあ。奥華子のエンディングテーマをBGMに、そんなことを考えながら長い坂道を降り切った。
文・撮影=半澤則吉