近未来的な都市景観とレトロな空間が交錯
池尻大橋で圧倒的な存在感を放つのが、首都高の大橋ジャンクションだ。地上約35m、巨大な円筒状のコンクリートの中に高速道路が走り、山手トンネルと3号渋谷線を接続する。
大気汚染や騒音への配慮から、厚い壁に覆われており、「ローマのコロッセオをほうふつとさせる」と石川さん。SF映画に登場するビルや要塞のようでもあり、知らなければジャンクションとは思えない。
屋上に登れば一転、緑豊かな「目黒天空庭園」が広がる。1周約400mの遊歩道には、芝生や植栽、季節の花々で彩られ、さらに菜園まで営まれている。
「クロスエアタワーレジデンス」「PRISM TOWER」の2棟のタワーマンションは、それぞれ5階・9階で「目黒天空庭園」と直結しており、あたかもマンションの庭のように満喫できる。眼下にはどこまでも続く都市の街並みを眺望てき、緑と人工物が融合した近未来都市を思わせる景観に、不思議な感覚を覚える散策スポットだ。
対象的に、足下の池尻大橋駅前商店会にある『文化浴泉』は、1929年のレトロな空間だ。木の温かみが感じられる店内の居心地は、昔懐かしい銭湯そのもの。
2011年の全面リニューアル後はおしゃれ銭湯として知られ、「銭湯としては、若いお客様が多いですね。渋谷や中目黒で働く方に、たくさん立ち寄っていただいています」と4代目の米津幸司さん。特に、日本に3人しかいないペンキ絵師のひとり中島盛夫氏による、富士山の円形ペンキ絵はみものだ。
『文化浴泉』にほど近い「クオリア目黒大橋 WEST・EAST」といった中層のマンションなら、タワーマンションより比較的リーズナブルに流通していて、身近に池尻大橋ライフを満喫できる。
ところで、池尻大橋駅前商店会は、イタリアンやラーメン、スイーツなど、グルメ好きにはよく知られた名店が多い。オリジナルの焼き立てパンが人気の『TOLO PAN TOKYO』もそのひとつ。定番が70〜80種類あるといい、ひとつひとつ材料の小麦や製法が考え抜かれている。
「ひときわ手間暇をかけつくっています(シェフ小林純平さん)」というクロワッサンは、食べる人の気持ちを豊かにしてくれる一品。低温でじっくりと発酵させた生地からは、小麦の甘みとバターのうまみがあふれだしてくる。
毎日のように新作が並ぶので、近所に住めば週に何度も通うことになりそう。休日の朝や仕事帰りの夕暮れなど、目当てのパンを買って「天空庭園」に上ってはどうだろう。お気に入りのベンチや芝生で異世界の風情を味わった後、レトロ&モダンな銭湯で日頃の疲れを流す――なんと優雅な時間ではないか!
世田谷の住宅街で地理と歴史を感じる
前述のとおり、池尻大橋エリアは目黒区と世田谷区の区境に広がる。ここまで歩いた大橋ジャンクションや池尻大橋駅前商店会は目黒区。少し足を伸ばして世田谷区の池尻大橋エリアを歩いてみよう。
「駅上の玉川通り(国道246号線)には上空に首都高速の高架が走り、ややごちゃごちゃした第一印象ですが、周辺には良好な住環境が広がります」と石川さん。
玉川通りの北西は、目黒川が暗渠となっており、地上にはせせらぎの流れる目黒川緑道が整備されている。水辺の生き物や水生植物が育ち、地域のボランティアが守る季節の花々も。天空庭園と並ぶ絶好の散策スポットだ。
すぐ北側に広がる台地上には、約1万㎡の広大な敷地に「マスタービューレジデンス」がそびえる。高低差ある地形を活かし、切り立った崖の上から周囲の緑と、都市のパノラマを見下ろす。
レジデンスのかたわらには、戦没した馬を供養する「馬神の碑」がたつ。台地に挟まれた池尻大橋エリアはアップダウンが激しく、明治時代には軍馬育成の拠点となっていたという。運動不足の自分を鍛えるつもりで、地形を感じながら歩いてみるのもおもしろそうだ。
こちらは低地に建つ大規模マンション「アトラス池尻レジデンス」。周辺は飾り気のない喫茶店や食事処、写真館などが点在する穏やかな住宅街。“トレンディ”なショップや飲食店で、90年代に有名になった三宿の交差点はすぐそこだ。
三宿交差点から徒歩5分、さまざまな分野のクリエイターがシェアオフィスやショップとして入居している『IID 世田谷ものづくり学校』は、旧池尻中学校の校舎を改修してつくられた。製作活動のほか、作品の展示や販売、ワークショップも行われている。
こちらは「ものづくり学校」内の『スノードーム美術館』。スノードームとは、ガラスドームの中に人や建物、ゆっくりと舞う雪の小さな世界を再現したアートだ。
誕生は1889年パリ万博と歴史は長く、美術館では国内外から古今のスノードームをコレクションしている。それぞれの作品にストーリーがあり、ひとつひとつみていくと、あっという間に時間が過ぎてしまう。
スノードーム制作のワークショップも開催されているので、ぜひ家族や友人とたびたび挑戦したい。
夜はラム、カシャッサ専門の『BAR Julep』で、喉を潤してはいかがだろうか。カシャッサとは、サトウキビからつくったブラジルのスピリッツ。ブラジルでは国民的なお酒で、店主の佐藤裕紀さんは「日本でも幅広い方に魅力を知ってほしい」と、日本カシャッサ協会を立ち上げた。
おすすめはブラジルの超定番カクテル「カイピリーニャ」。ムケッカ(海鮮シチュー)、キビ(挽き割り小麦と牛挽肉、野菜、スパイスなどを練り合わせ揚げたもの)といったブラジル料理とともに。
「この街では、専門性のある店が生き残る」。『BAR Julep』佐藤さんの言葉が印象的だ。
交通至便で住環境がととのい、幅広い年代層が暮らしやすい住宅街だが、決してそれだけではない。歩いてみれば、キラリと光る名店、個性的なスポットが散りばめられていることを実感する。
腰を据えて歩けば、さらに奥の深さを感じられるはず。住んだ気分で散歩する醍醐味にあふれた街だ。