コンクリート打ちっぱなしの謎の看板から漂う魚介の良い香り
中野ブロードウェイから隣接する雑踏エリアに唐突さをもって現れるのは、コンクリートとガラスのファサードに『ただいま、変身中』の文字。手前に「フレンチラーメン」と銘打ったメニューの写真付き看板を大きく出してくれているが、それでも最初の訪問時は、足の動きが自然と恐る恐るとなった。
店内も、スポットライトの落ちるバーのようなカウンターと背の高い椅子が並ぶ。アイドリングタイムに入店した私は一度後ろの券売機を見直した。「牡蠣ラーメン」のボタンがある、間違ってない。
カウンターの中には、夜の匂いが微かにするお兄さんが立っている。「牡蠣ラーメンを……取材したいんですが」と声をかけると急にはにかんだような笑顔で店長を呼びますねと言われちょっと安心する。
話を聞くと、池袋にある系列店のたこ焼きバー『ベジタコBar AMO』で普段は働いているスタッフの方とのこと。時短営業の要請によるお休み中でこちらにヘルプに入っているのだそうだ。忙しく店を出入りするのは、商品企画・総料理長の坂祥太さん。一番人気のメニューはと尋ねると「牡蠣ラーメンですね」ということで、開店からのグランドメニューである鯛だしと豆乳の牡蠣ラーメンをお願いする。
エスプーマ状のスープ、低温仕上げのチャーシューの中から現れるラーメン
思ったより着丼は早く、そして思ったよりインパクトは強かった。うつわから盛り上がる泡状のスープの質感とそそり立つバゲット、鮮やかなピンク色のチャーシュー と、それを照らし出すスポットのライティングに取材陣一同感嘆の声を上げる。美しい盛り付けに一瞬どこから着手して良いのかと迷うほどだ。
スープの上に繊細なラインを描くバルサミコ酢の酸味ある香りと、トッピングされた牡蠣を炙った磯の香り、まろやかな豆乳入りスープの混沌とした「美味しい食べ物の香り」に、ともかくひと匙、スープをいただく。
濃厚な牡蠣の旨味と豆乳のまろやかさ、しかし乳製品のクリームのような重さはない。そう、動物性の油脂分が入っていないのだ。印象より軽いですね、というと「魚介と豆乳だけなので、ブレンダーで乳化させる工程が必要なんです」との答え。なるほど。
麺は、少しの小麦感と、密度ある表面にスープがよく絡むもの。老舗の『大橋製麺』と作り上げたオリジナルの麺だという。食べ進めるとベースとなる鯛だしと昆布など和の素材へのピントが合ってくる。それと同時に、トッピングの工夫がこの一杯をまるで、軽いコース料理のように表情豊かにしていると気がつく。
低温で仕上げた鮮やかなピンクの豚肩ロースチャーシューのしっとりとした肉、炙って濃密な味わいとなった牡蠣、やわらかく薄く立ち上がるバゲットを支える鶏チャーシュー。そして合間にバゲットをスープに浸していただく。そうか、本当にフレンチなんだ。
面白い、驚き、がキーワード。
話を聞こうとすると、すぐ外に出てしまっていなくなる坂さんに代わって色々と気遣ってくれる前述の『ベジタコBar』の永吉貴隆さんによると、この一杯に鯛が1匹と牡蠣が5粒分使われているのだという。彼の個人的なオススメメニューの辛味が選べる赤牡蠣ラーメンや太麺の汁なし牡蠣ラーメンも「すごい」という。トッピングで選べる味玉も、トロトロの半熟の卵黄をソースがわりと見立てるとまたコースが一皿増えたような広がりがあるとのこと。
ようやく戻ってきた坂さんに、メニューの開発は何がキモになるのかとざっくりした質問を投げると「自分もオーナーも関西系なんで。こういうのを作りたいとか色々挙げて試作したりしても、バチっと面白い! とか驚きが、決め手にはなるかもしれませんね」と、言われてなるほど、ある意味ヒトを食った店名やプレゼンテーションの方向性がしっくりと腑に落ちた。
「ラーメンもフレンチでしょう」と、ちょっとだけニヤッとしながら答える元星付きフレンチのシェフの、本気のエスプリをみた。
取材・文=畠山美咲 撮影=荒川千波