はじまりは小さな焼き菓子屋さん
荻窪駅南口にある『荻窪南口仲通り商店会』の入り口のアーチをくぐり、最初の丁字路を左へ。曲がるとすぐ右手に見えるビルの1階に店を構えるのが、今回紹介する『Honey』だ。
2005年の開業当初は現在の場所より少し東側にあったが、2017年に移転。3人入るといっぱいになってしまうこぢんまりとした店内には、どれにしようか迷うほどの種類豊富なパンが並べられている。
これほど多くのパンを販売しているが、当初はパン屋ではなかった。
「一人でできる小さな焼き菓子屋さんを経営したくて」と話すのは、店長の津村加奈子さん。荻窪・西荻窪エリアといえば今や焼き菓子屋がひしめきあっているが、開店当時はほとんどなかったそうで、出店するなら狙い目の場所だと思い、この地を選んだのだとか。
では、それまで菓子づくりの学校にでも通っていたのかと尋ねると、なんとアパレル会社で働いていたというではないか。
「私、焼き菓子が大好きで! はまるとものすごく熱中してしまうタイプなんです」と趣味の焼き菓子づくりに傾倒し、試行錯誤を繰り返しながら独学で菓子を作り続け、店をオープンさせた。
その中で唯一、開店時から販売しているパンがある。
「最初は一人で切り盛りをしていたので作れる量に限りがあって、何を販売しようかと考えた時に1種類だけパンも出そうと決めました。“日本一おいしいあんぱん”を作りたいと思ったんです」
味を左右する重要なあんこは手作りで、北海道産の小豆を使用。素材の旨味を最大限に生かしながら上品な甘さに炊き上げ、モチモチのパン生地との相性も抜群だ。日によってアレンジすることもあり、取材日はほのかに塩味の効いた塩豆大福風あんぱんが販売されていた。
では、なぜ多くの種類のパンを売るようになったのか。
「サンドイッチが好きだったので、こんなサンドイッチを食べてみたいなと、いろいろレシピを考えているうちに楽しくなってきて、作ったものを販売してみました。すると、どんどん売れて。売れるとうれしくて、次は甘い系のパン、その次は総菜パンを作ってみようと種類が増えていきました」
今ではパンを中心に菓子、総菜など、全てあわせると毎日100種類ほどの商品が店頭に並ぶ。これらひとつひとつが、店内の工房でイチから作られているというから驚きだ。
おいしさのヒミツは素材にあり
『Honey』のパンはふわふわしていながらも、しっかりとしたモチモチ食感が特徴。その理由は、北海道産の小麦粉「春よこい」を使用しているからだという。
「スコーンを作る際に北海道産の小麦粉を使っていたのですが、切れてしまったことがあって。代わりにスーパーで購入した小麦粉で作ってみると、同じレシピで作ったのに驚くほどに味や食感に違いが出て、これでは店頭に出せないなと(苦笑)。パンも北海道産の小麦で作ったらもっとおいしくなるんじゃないかと思い、それ以来使っています」
こだわりは他にもある。油脂類はマーガリンやショートニングを一切使わず、北海道産バター100%。保存料、香料、着色料などの添加物もできるだけ避け、サンドイッチや総菜に使用する野菜は八ヶ岳から取り寄せた無農薬野菜だ。
「小麦もバターも小豆も北海道産ですが、とくに北海道にゆかりはありません(笑)。自分の口で確かめておいしいと思ったものが偶然にも北海道産でした。野菜は、“知り合いに都内の有名レストランへ無農薬野菜を卸している農家の人がいるよ”と友人に紹介され、食べてみたらびっくりするほどおいしくて、使うことにしました。野菜そのものも店頭で販売しています」
また、毎日食べても飽きないようにと、季節に応じて並べる商品を変えたり、定期的に新商品も開発している。この日は乾塩ベーコン&無添加オリーブのエピが初お目見え。夏向けに作られた惣菜パンで、パリパリに焼かれた良質なベーコンがアクセントになっていて、ビールのアテにもぴったりだ。
地域住民の便利な場所でありたい
いつ訪れてもひっきりなしに客が列をなしている人気の『Honey』。なかには、「あっちには好みのパン屋がなくて」と神楽坂から買いに来る人もいるそうで、地元だけでなく遠方から訪れるファンも多い。店内にはお客様から貰ったというトロフィーも。
「去年、某企業が荻窪から虎ノ門へ移転されたのですが、そこの社員の方々がうちの店をよくご利用いただいていたみたいで、移転前にトロフィーと感謝のメッセージが書かれた寄せ書きの色紙を頂戴しました」
これからも“お客様目線”で、さまざまなことに挑戦していきたいと語る津村さん。2021年4月には阿佐ヶ谷に姉妹店『milk』をオープンさせた。
『Honey』についても、「今は手作り商品のみの販売ですが、いずれは自分がおいしいと思ったジャムなど無添加の既製品も販売したい。“ここに来れば食べるものは何でも揃っている”と思ってもらえるような、地域の方にとって便利な場所にしたいんです」と意気込む。お客様に喜んでもらえた時のうれしさは、何ものにも代えがたいのだろう。それが、津村さんがパンを作り続ける原動力になっている。
『Honey』店舗詳細
取材・文・撮影=ハセガワアヤ