解体へ向かう名建築
中銀カプセルタワービルは建築家・黒川紀章が手がけた、世界的に有名な建物である。ブロックのようなカプセルは取り替えができ、新陳代謝するマンションとなるはずだった。計画通りには進まず、実際にはカプセルの交換は一度も行われないまま、もうすぐ築50年を迎える。
そして、残念なことに老朽化、耐震性などの理由から解体の計画が進みつつあり、住民の退去も進んでいる。140個あるカプセルのうち、夜に明かりが灯るのはもうわずか。歩道橋の向こうから見つめては、ギリギリまで住めるありがたさを噛みしめている。
解体の話は、1カ月しか住んでいない新参者の私でさえ、とても悲しく寂しく感じる。丸窓に酒をおいて「カプセルよ……」としんみりしながら、天井ににじむ雨漏りの跡やヒビの走る壁を眺める。と同時に、それだけ建物にガタがきているのも事実。暮らしていると不便しすぎて「カプセルめ!」と思うこともいくつかある。
老朽化が原因の三大不便としては以下である。
- お湯が出ない
- トイレが詰まる
- 雨漏りがする
水のトラブル、トイレのトラブルである。くらし安心できない。
同じようにここで暮らしている住民と話をすると、「雨漏りは一大イベント」「配管が劣化しているのか、水を飲んだら腹が痛くなった」など、話題の中心がカプセルの困りごとである。しかも、困った、困ったといいながら、謎の笑顔を見せ、これを乗り越えてこそ立派なカプセル住民だという謎のプライドを醸し出してくる。さながらインドに沼落ちしたバックパッカーだ。そうだ、ここは銀座のインドだ。
好物は食べられない時に限って、無性に食べたくなる
老朽化だけでなく、当初から備わっていない機能に不便することも少なくない。中銀カプセルタワービルはもともと、洗濯は業者に、料理は外食といった具合に家事は外注するという発想で作られている建物なので、キッチンの機能がないのである。
他は我慢するにしても、食いしんぼうなるものキッチンはどうにかしたい。調理機能つきのポットを持ち込み、近所のドン・キホーテでホットサンドメーカーを買ってきた。これで茹でる、煮る、焼くができる。天才かもしれない。関西出身者のわたくしとしては、そろそろお好み焼きが食べたい。
お好み焼きでビールをやりたいのだ
そうと決まれば、築地あたりのスーパーで材料を買い込む。キャベツやネギは刻むスペースすら危ういのでカットされたものを、小麦粉は振り入れるタイプを購入した。
もちろん、我がカプセルにはボウルや泡立て器などない。カットキャベツの袋へ、大胆に材料をブッ込んでいく。
箸で混ぜたらそれっぽいタネができたので、ホットサンドメーカーで焼いてみる。
あらやだ、美味しそう。
ソースでお化粧をすれば、まごうことなきお好み焼き。ホットサンドメーカーでプレスして焼いているのでふんわり感はないものの、キャベツが蒸し焼きになっていて、しっかり甘さが出ている。表面はこんがり、中はやわらかでおいしい。ビールが次々と空いていく。やればできるじゃん。
愛すべきカプセル住民にカレーを振る舞いたい
こんなに料理ができるなら、日々暮らしの愚痴をいいあっているカプセル住民たちに振る舞いたい。というわけで、カレーを作ることにした。近所にある『いわて銀河プラザ』で下処理済みの豚白モツを、スーパーでカレーの材料を購入してきた。
材料をカットして、
しばらく煮込んでから
カレー粉を入れる。ニンニク、生姜、ガラムマサラなど、ちょっぴりアレンジ。
できた。
換気できる窓がほぼない我が家にカレーの匂いがたち込める。モツ特有の臭みもなく、マイルドでうまい。満点のできばえに感動していると、ドアがノックされる。カプセル住民が匂いを嗅ぎつけてやってきたのだ。みな片手には白ご飯を持っている。
実はカプセルには電子レンジをもっている住民がひとりだけいる(彼女には頭が上がらない)。彼女の家で白ご飯をチンして、万全の体勢で訪ねてきたというわけだ。
手土産を持ってきてくれて、カレーと物々交換をする。なんだか、長屋に住んでいるみたいだ。銭湯でもたまに会うし。
銀座でインドと学生寮を行き来する
前回の記事で「カプセルは宇宙船で、タイムマシンで、ゆりかごで、友人のような存在だ」と記した。しばらく暮らしてみて、インドであり、長屋であることがわかった。カプセルの不便が生んだ感情や、それによって強固になっていく住民同士のつながりがそう感じさせるのだ。これは黒川紀章が想定していなかった空気ではないだろうか。
次回は番外編として、私以外の部屋も紹介する予定だ。乞うご期待!
カプセルの住民たちへ
明日は煮込みハンバーグを作ります。できたらLINEするね。
取材・撮影・文=福井 晶