郷愁を誘う商店街に暖簾を掲げるラーメン専門店

荻窪駅北口の新宿方面に位置する荻窪銀座商店街。戦後のヤミ市の面影が残る細い路地に飲食店が密集している。その商店街の一角に『ラーメン久保田』は店を構える。

荻窪銀座商店街のレトロな見取図。
荻窪銀座商店街のレトロな見取図。

『ラーメン久保田』は2021年の11月で創業10年目を迎える。店の向かいには荻窪を代表する名酒場『カッパ』『鳥もと』が並ぶ。どちらも創業60年以上の老舗である。

「カッパさんとか、鳥もとさんで飲んだあとのお客さんがウチに流れてくれるとうれしいですね。子供のころから親に連れて行ってもらったお店ですから」。そう話すのは『ラーメン久保田』の店主・久保田雄さん。荻窪で生まれ荻窪で育った生粋の荻窪人だ。久保田さんがラーメン激戦区の荻窪で店を始めるのは自然な選択であった。

一見さんも入りやすいオーソドックスな外観。
一見さんも入りやすいオーソドックスな外観。
カウンターのみのスッキリとした店内。
カウンターのみのスッキリとした店内。

濃厚な豚骨醤油なのに優しい味わいの中華そば

初めて来た人におすすめという中華そばをさっそく注文する。

中華そば700円、味付玉子は50円でまるごと1個を入れてくれる。
中華そば700円、味付玉子は50円でまるごと1個を入れてくれる。

「麺のにおいをかいでみてください。小麦粉の香りがするでしょう?」。鼻を近づけてみると、確かに焼きたてのパンをちぎったときのような小麦の香りがする。

「いい香りでしょ。ふだんは “麺のにおいをかいで”なんてお客さんにはわざわざ言わないですよ、でも本当は言いたいね(笑)」。

 スープに合うよう、試行錯誤して完成した麺。
スープに合うよう、試行錯誤して完成した麺。

「ウチの麺は保存料もアルコールも使用していません。素材の風味を味わってほしいですね」と久保田さん。

小麦のほっこりとしたいい香りで食欲のスイッチが入り、さっそく麺をすする。背油が浮く豚骨醤油のスープが程よい濃さで麺にからんでくる。歯切れのよい麺。どんどん箸が進んでしまう。チャーシューはしっかりとした味付けで素朴な麺の味をぐんと引き立てる。濃厚そうな見た目だが、さらっと食べたあとはやわらかい満足感でいっぱいになる。

ホロホロの固ゆで玉子。黄身に出汁の効いたスープを吸わせるとおいしい。
ホロホロの固ゆで玉子。黄身に出汁の効いたスープを吸わせるとおいしい。

『阿佐谷ホープ軒』への思いと、店主のこだわり

久保田さんは『阿佐谷ホープ軒』の店舗に7年、『ホープ軒本舗』の製麺所に7年勤めたのち『ラーメン久保田』を開業。スープ作りも製麺も覚えたことで独立の意志が固まったそう。

『ホープ軒本舗』の製麺所で『ラーメン久保田』用に作った麺を仕入れている。
『ホープ軒本舗』の製麺所で『ラーメン久保田』用に作った麺を仕入れている。

「お客さんから“ホープ軒っぽい味だね”と言われるのも“ホープ軒とは違うね”と言われるのも両方うれしいですね。どう思ってもらおうと、お客さんの自由ですから」と久保田さんは潔い。

勝手なイメージかもしれないが、独立をしたのなら「自分の味を究める」とか「修業したお店を越える」といった欲や野望があるのでは? と聞いてみると「いやぁ、ホープ軒は越えられないです。アレンジをしたりオリジナリティを出してみようとしても、一周まわってこの味になるんじゃないですかね。ホープ軒が一番うまいと思っています」。

なんという『ホープ軒』愛。さらに話を聞くと、久保田さんのお母様とおじ様は阿佐ヶ谷の『ホープ軒』で働いていたそう。久保田さんにとって『ホープ軒』は幼少の頃から食べ続けてきた愛着のある味なのだ。

一方でこう続ける。「でもラーメンって、仮に同じレシピで作ったとしても、作り手によって違う味になるんです。ホープ軒はうまいと思っているけれど、僕の作る一杯はホープ軒とは別のもの。自分の手で作ることでウチの味が出る。だから店を大きくして誰かに任せたりするのではなく、自分の手で作ってお客さんに出したい。それがこだわりです」。

「毎日食べられる一杯」を極めた名店

ラーメンは全体的に値段が上昇傾向にあり、1000円を超えるのも当たり前になってきた。しかし『ラーメン久保田』の中華そばは一杯700円。毎日食べるものだからこそ負担になるような金額にはしたくないと久保田さんは言う。お母様が『ホープ軒』で勤めていた久保田さんにとって、ラーメンは特別なものではなく、日常食であるという思いが強い。

「平日のランチにはお金をかけたくないでしょ?」と久保田さん。
「平日のランチにはお金をかけたくないでしょ?」と久保田さん。

また、ラーメンは毎日食べるものという思いはおしながきにも現れている。「限定メニューとか、新メニューの開発はできないですね……。試作を365日、毎日の食事として食べ続けても自分が飽きなかったら出すかもしれません」。奥様の知美さんは「夫は意思が強い人、つまり頑固なんです」と笑う。

混雑するランチタイムをサポートする知美さんも荻窪出身。
混雑するランチタイムをサポートする知美さんも荻窪出身。

『ラーメン久保田』のおしながきは中華そばとチャーシューメン、そして定番のトッピング類とライスのみ。ラーメン激戦区で生まれ育ち “荻窪の舌”を持つ店主が徹底してこだわりぬき、腹の底から納得できる一品を提供する。そんな贅沢な店が『ラーメン久保田』だ。

住所:東京都杉並区上荻1-4-3/営業時間:11:30~15:00、17:30~23:00/定休日:水/アクセス:JR中央線・地下鉄丸ノ内線荻窪駅から徒歩2分

構成=フリート 取材・文・撮影=宇野美香子