スポットを探す

289〜312件(全365件)
noimage
安楽寺
山門入り口に樹齢1000 年あまりの大クスがそびえる曹洞宗の古刹。境内奥の坑道に土肥温泉発祥の湯「まぶ湯」がある。「まぶ」とは坑道のこと。病気平癒を住職が祈願したところ金山採掘中の坑道より温泉が湧き、入浴して治った故事から、かつては多くの人が入浴した。
noimage
髙岩寺(こうがんじ)
「とげぬき地蔵尊」として親しまれる寺院。門前の「巣鴨地蔵通り商店街」を含む一帯は「おばあちゃんの原宿」と呼ばれ、高齢者に人気があるエリアだ。「とげぬき」の由来は江戸時代にさかのぼる。あるとき、誤って針飲みこんで苦しむ女性に、地蔵菩薩の尊影があらわれた霊印で印じた紙札「御影(おみかげ・おすがた)」を飲ませたら、針が尊影を貫いて出てきたという。やがて「針抜き」は「とげぬき」となり、「身心のとげ」を抜く地蔵菩薩として知られるようになった。
noimage
眞性寺(しんしょうじ)
元和元年(1615)に中興した古刹。地蔵坊正元が造立した地蔵は江戸六地蔵の1つ。毎年6月24日に全長16mの大念珠を100人以上で回す百万遍大念珠供養を行う。
noimage
猿田彦大神庚申堂(さるたひこおおかみこうしんどう)
文亀2年(1502)造立の庚申塔は、庚申様を信仰する講の人々が立てた石塔。庚申の申は猿だが、神を先導したという猿田彦と結びつき、道案内の神として祀られる。
noimage
王子神社
元亨2年(1322)に紀州熊野三社から王子大神を分霊したことが始まり。紀州出身の8代将軍徳川吉宗は、紀州にゆかりの神社と知って喜び、元文2年(1737)に飛鳥山を寄進した。
noimage
慈眼寺(じげんじ)
元和元年(1615)に深川で開創。江戸時代の蘭学者・司馬江漢や剣豪の小林平八郎など著名人の墓がある。芥川龍之介の墓石は、本人の遺言で愛用の座布団と同じ寸法で造られている。
noimage
本妙寺(ほんみょうじ)
徳川家康の江戸入城に伴い、天正18年(1590)に駿府から移転。本郷丸山に約6000坪の境内をもつ大寺院だった。明暦の大火(振袖火事)の火元といわれ、境内に供養塔が立つ。
noimage
王子稲荷神社
社記に「源頼義が奥州追討の砌、深く当社を信仰し、関東稲荷総司と崇む」とあり、徳川将軍家の祈願所に定めた。大晦日の「狐の行列」はキツネに扮した人々が参詣する。
noimage
称念寺
福井県の史跡に指定された新田義貞公墓所があり、門前で明智光秀が暮らした時宗の寺。光秀の暮らしぶりを伝え聞いた松尾芭蕉が句を残し、境内には句碑がある。
noimage
明智神社
一時期、光秀が住んでいたと伝わる福井市東大味町(ひがしおおみちょう)は、明智光秀が柴田勝家らに安堵状を発給させたことで戦禍から逃れることができたといわれ、住民は光秀を慕い、この神社を守り続けている。
noimage
喜多院(きたいん)
天長7年(830)に慈覚大師円仁が創建。日本三大羅漢の五百羅漢像は釈迦の十大弟子・十六羅漢など538体の石仏。江戸城から移築した徳川家光誕生の間などがある。
noimage
仙波東照宮(せんばとうしょうぐう)
徳川家康の遺骸を日光へ運ぶ途中、仙波喜多院で住職の天海僧正が法要を営んだ。後日、天海が家康像を造り大堂に祀ったことが始まり。国の重要文化財が多数ある
noimage
中院(なかいん)
天長7年(830)、慈覚大師円仁により開山。円仁が境内に栽培した茶が狭山茶の始まりとされ、発祥の地の石碑が立つ。春は数種の桜が次々と咲きシダレザクラは中院の代名詞。
noimage
川越氷川神社
古墳時代の欽明天皇2年(541)の創建と伝わる。本殿の装飾は、名彫師・嶋村源蔵らが7年の歳月をかけた江戸彫。古来より縁結びの神として知られる。
noimage
蓮馨寺(れんけいじ)
天文18年(1549)に川越藩主の大道寺政繁が亡き母のために建立。人々の悩みを解決したと伝わる呑龍上人を祀り、毎月8日は呑龍デー(縁日)を行う。
noimage
安勝寺
安楽寺と最勝寺という2つの寺が1952年に合併して誕生。火災で長いこと仮堂だけだった安楽寺の境内に、無住だった最勝寺の本堂と阿弥陀堂を移築し、2つの寺号から一字ずつとって改称。あまり聞いたことがない命名である。
noimage
高鳥天満宮
臥牛(ねうし)像を土で模したユニークな「願掛け撫で牛」で知られる。これは、家に持ち帰り、学業成就や試験合格などの願いを込めながら撫で、願いが叶ったら神社に返納するもの。
noimage
雷電神社
関東を中心に広く分布する雷電神社の総本宮。推古天皇6年(598)聖徳太子の創建とされ、沼の浮島に祠を建てたのが始まりという。本殿の彫物は左甚五郎10代目の親方、石原常八の作。「唐子遊び」の鰻取りが板倉らしい。
noimage
寛永寺(かんえいじ)
徳川家康、秀忠、家光の帰依を受けた天海僧正が寛永2年(1625)に創建。かつては上野公園一帯が寺領だったが、上野戦争で多くの堂宇を失い、境内地も没収され、現在の規模となる。
noimage
上野東照宮
寛永4年(1627)、藤堂高虎が造営。現存する唐門、社殿、透塀は慶安4年(1651)に徳川3代将軍家光が造営した。参道には全国の大名が寄進した48基の銅灯籠が並ぶ。ぼたん苑も有名。
noimage
清水観音堂
寛永8年(1631)、寛永寺開山の天海僧正が京都の清水寺を模して建立。元禄7年(1694)に現在地に移築され、上野の山に現存する建築年が明確な建造物では最古のものとなる。
noimage
湯島天神
雄略天皇2年(458)創建と伝わる古社。南北朝時代の正平10年(1355)に学問の神様・菅原道真を合祀した。境内に紅白約300本の梅があり、2月中旬〜3月上旬の開花期に梅まつりを開催。
noimage
金乗院(山口観音)
弘仁年間(810~824)に弘法大師が開基したと伝えられる。本尊の千手観音菩薩は行基菩薩の作。本堂の天井の鳴き竜も見どころの一つ。竜のオブジェも多い。
noimage
狭山不動尊
1975年4月に開山。本堂は2001年に新たに建立。本尊は不動明王。境内には、国指定の重要文化財が数多くある。西武ライオンズが毎年必勝祈願をする寺としても知られる。
PAGE TOP トップへ PAGE TOP 目次へ